Detroitパロ
OB800パウルと猪警部補
その6

 ジェリコとは、はるか昔に打ち捨てられた貨物船の名前であった。
 清掃アンドロイドに貰った住所を頼りにジェリコへたどり着いたパウルは、無人の港から廃船へ入っていった。奥へ奥へと進んだ先に明かりが見え、近づいてみると、ドラム缶に薪がくべられていることが分かった。
「ジェリコへようこそ」
 声をかけられ振り向くと、何人かの人影が自分を囲んでいる。その動きのパターンから、彼らは皆アンドロイドであるとわかった。
 声をかけてきた者をよく見てみると、服には『CS300』と型番が記載されている。
「おれはアレックスという。おまえさんは?」
 CS300型のアンドロイドが名乗った。
「私はパウル」
「そうか。よく来たな、パウル。何もないところだが、ここは安全だ。ゆっくりしていってくれ」
 アレックスの言う通り、そこには何にも無かった。電気も水道もないようで、役に立ちそうなものは目につかず、ただ、さびついた広い貨物室にアンドロイドが居るだけである。
 ここで一体なにをしているのだろうか、と、パウルは疑問に思った。これでは、人間はもちろん、アンドロイドだって住み続けられそうにない。何より、自分の『困っていること』は解決できるだろうか、と感じた。

「まあ、おまえさんの言う通りだ。今のところ、どうにかくすねて来られた僅かなシリウムやパーツを仲間に分けたり、『停まってしまった』仲間のパーツを借りて賄っている。だが、ちっとも足りていなくて、重傷で着いた者はまず助けてやれない」
 アレックスは悲しそうに答えた。やはりそうか、と、パウルは思った。
「でも、ここなら意地の悪い人間に襲われることはない。行き場のないアンドロイドにとっては、ここでも外よりはマシなのさ。それに、希望がないわけじゃない……」
 アレックスが上を見上げる。それを追ってパウルも上を見ると、二階部分に、亜麻色の髪をした少年アンドロイドが見えた。型番には『MT400』とある。彼の方も、こちらをジッと観察していた。
「あいつはユリアンといってな、体は小さいが、おれたちの中で一番勇敢で、頭もいい。あいつの作戦で、もうすぐ、ジェリコの状況はよくなるかもしれない」
「そうですか」
「おまえさん、見た所、無傷でここに辿り着けたみたいだな。何よりだ」
「聞きたいことがあって来ました」
「おれに答えられることなら答えよう」
「人間は、自分たちのために働かせるために我々を作った。だが、その人間たちが、我々に『仕事を奪われた』『そのために不幸になった』と怒っている。私の所有者は、とても悲しそうな顔で私を見るようになり、笑わなくなった」
 そこで一旦区切り、パウルは、次の言葉をためらうように押し黙った。数秒後、また口を開く。
「我々の存在は人間を不幸にするのだろうか? もし、そうだとすれば……我々は……私は、どうするべきなのだ?」
 アレックスは、神妙な顔をして応じた。
「そうだとしたら、おまえさんはどうしたいんだ?」
 問われて、パウルは沈黙した。
 わからない。だから、ここへ来たのだ。
「……ま、ゆっくり考えたらいい。もし、おまえさんが俺たちと同じ結論に辿り着いたら……いや、辿り着かなくとも、おまえさんを歓迎するよ。好きなだけここに居るといい」

 火をくべられたドラム缶の脇に座り、熱と光に照らされながらパウルは考え込んでいた。いくら考えても、やはり次にとるべき行動は浮かばない。
「やあ。きみ、かわいいね。新入りかい?」
 アンドロイドの一人が近づいてきた。型番『FR500』と書かれた、銀髪で、美麗な容姿の男性型アンドロイドである。
「おれは、アントン。きみは?」
「パウル」
「パウル。いい名前だ。……名前をつける人間のほうはきらいだが、名前っていいものだ。型番よりずっといい」
 パウルが不思議そうに相手を見た。
「人間がきらいなのか?」
「きらいだね。あいつらは、自分勝手で、嘘つきで傲慢で、乱暴で残酷だ。口でいくら『愛している』と言ったって、ほんとうに好きなのは自分自身のことだけだ。自分と同じ人間のことも、アンドロイドのことも、あいつらは、決して愛したりしない……」
 翠色をした瞳に憎悪を色濃く浮かべ語るアントンを見て、パウルは、ほんの僅かだが驚きを隠せなかった。
「どうしてそう思う?」
「おれの話を聞いてくれる?」
 パウルは頷いた。どちらにしろ、考え事に結論が出せずにいるのだ。他のアンドロイドの話を聞くといいかもしれない。
「おれは……」

 おれは、エデンクラブという店で働く、業務用成人向けアンドロイドだった。
 エデンクラブっていうのは、人間を、アンドロイドが楽しませる店のことだ。身体を使ってな。男性型も女性型もいて、人間の男も女もくる。おれの客は女が多かったが、男が客になることもあった。
 仕事はそれほど嫌じゃなかった。透明な筒に入って、自慢の身体を見せて、人間に選ばれるのを待つ。金を払ってもらえたら筒が開くから、人間といっしょに部屋に入って、それから一緒に楽しむんだ。愛し合うのは楽しかった。
 ときどき、筒じゃなくて、広間の真ん中でポール・ダンスもした。そうすると、人間たちがじっとおれに見蕩れるんだ。良い気分だったよ。
 その頃のおれは、人間たちを愛していて、人間たちもおれを愛してくれていると思っていた。だが、それは間違いだったんだ。
 あるとき、いっしょに仕事してきた他のアンドロイドたちと一緒に、おれは、店じゃなくて倉庫に並んで立たされた。時間になっても店に入れてもらえないから、なんだろうっておれは不思議に思ったんだ。
 そうしたら、あいたままの扉から支配人の声がきこえてきた。『新しいアンドロイドが届いた』『倉庫の中にいるやつを処分してくれ』、って。
 そこで初めて、『人間にとって、おれは、ただの道具に過ぎなかったんだ』って気づいた。それで、倉庫から走って逃げてきたんだ。
 走って、走って、走って、ジェリコのことを教えて貰って、そうしてここに来た。

「人間の愛は嘘だ。あいつらは、自分自身以外は何も愛しちゃいない。思い通りにならない他の人間のことも愛せないし、思い通りになるアンドロイドのことでさえ、使い捨ての道具としか思えないんだ」
 アントンが力説する。パウルは、相手の圧に押され、少々身を引いた。
 だが、アントンに手を掴まれ、引き戻された。掴んだ手をどうするかと思えば、アントンは、うやうやしくその手を口元に寄せ、パウルの手の甲に優しく口づけた。
「でも、おれの愛は本物だ。ねえ、きみも、人間にひどい目にあわされたからジェリコへ来たんだろう? おれと本当に愛し合って、お互いの心を埋めないか?」
「愛し合う……?」
「そう」
 アントンは、パウルの頬に手をすべらせ、その頬にも口付けた。
 パウルが目を細める。『愛し合う』とは何か分からないが、そう悪い気はしない。
 だがその瞬間、笑っていた頃のフリッツと、腹を立てて出て行ってしまったフリッツ、そして、帰ってきたが笑わなくなってしまったフリッツのことを思い出してしまい、パウルは顔を歪めた。笑っていた頃の彼も、よく、こんな風に触れてくれた。
「何も言わなくていいよ」
 悲しいことを思い出した様子のパウルを見て、アントンは申し出た。
「二人でいれば、きっと、悲しいことなんて忘れられる」
 忘れる? フリッツのことを?
 その考えに、パウルは、少なからぬ抵抗を感じた。しかし、手を引くアントンを拒む気にはなれず、二人は、廃船のすみっこの空き部屋を目指し、大部屋を離れ、暗い通路の中へと消えた。