オメガバースパロ シリーズ
サーティーン社のユカイな仲間たち編

「ヤン社長! 起きてください、ヤン社長!」
「うーん……あと5分だけ……」
「駄目ですよ! 今朝は、大事な重役会議があるのでしょう?」
「私ひとり出なくったって、だれか死ぬわけじゃあるまいし」
「駄目です! 『サーティーン社に不利な予算組みをされないよう、引きずってても社長を会議に連れて行け』とキャゼルヌ常務から厳命されているんですからね」
「うええ……」
 ヤンが、往生際わるくブランケットを被り、頭をすっぽり覆ったのを見て、ユリアンは力ずくでそれを剥ぎ取りにかかった。その勢いで、ヤンはベッドからドテリと落下した。
「い、て、て、て……ひどいよユリアン」
「社長が起きてくださらないからですよ。さあ、朝ご飯は用意できていますから、それを食べて、早く支度なさってください」
「……はあい」

 こう見えても、ヤン・ウェンリーはサーティーン社の代表取締役、いわゆる『社長』と呼ばれる地位に就いており、社員たちからそこそこの信頼と好感を勝ち得ていた。
 ユリアン・ミンツは、両親を亡くし、独身だが遠縁の親戚である彼に引き取られた養子である。はじめの内こそ、面倒を看ていただくのだからと遠慮していた彼だったが、自宅での生活不能者ぶりがいちじるしく、家政婦の管理すらままならない保護者を見かね、今では、この家の支配者となっていた。
 サーティーン社は、フリー・プラネッツ・グループの子会社の1つである。フリー・プラネッツ・グループの数多の子会社は、フリー・プラネッツ本社の傘下にあった。
 フリー・プラネッツ本社の代表取締役は、ヨブ・トリューニヒト社長である。今日の重役会議は、このトリューニヒト社長と、ヤンをはじめとする各子会社の社長たちとの経営方針策定会議であった。
 フリー・プラネッツ・グループは、昨今成長いちじるしい競合企業「ローエングラム・カンパニー」の脅威にさらされており、その対抗に追われていた。
 ヤンは、トリューニヒト社長が大嫌いであった。

 ああ、なんだって私のようなベータが、社長なんてものをやることになったのやら。
 ヤンは、いくどとなくそう考えた。社長だとか何だかというのは、アルファか、とびきり出世欲のある優秀なベータが少数なるものと相場が決まっているのに。
 前任のシトレ元社長に説得され、あれよあれよと言う間にサーティーン社の社長をすることになってしまった。しかも、就任直後に打ち出した商品でローエングラム・カンパニーに勝利してしまい、トリューニヒト社長からも続投を要請されるようになってしまったのである。
 私はただ、サーティーン社の取り潰しを何とか避けて、私や、親しい社員の仲間たちの食い扶持を無くさないようにしたかっただけなのだがね……。

 トリューニヒトと今日も顔を合わせねばならない、と思うと、『やっぱり止めておけば良かったかなあ』などと不謹慎にもヤンは思ってしまうのであった。

***

「いかがでしたかな、重役会議のほうは」
 フリー・プラネッツ本社を出ると、迎えの黒塗りの前でシェーンコップSPが待っていた。社長就任からずっとヤンの護衛を務めている、なかなか破天荒な遍歴を持ち、以前は裏社会寄りの仕事すらしていたというアルファ男性である。
「やるべきことはやったよ」
「それはようございました」
 二人が車に乗り込むと、運転席で待機していたブルームハルトSPはエンジンをかけた。車が一路、サーティーン社へ向けて走っていく。
「私に社長なんて向いていないよ」
「なにをおっしゃる。社長がいてくださらねば、私は、裏社会から足を洗うことができませんでした」
「君なら、私じゃなくとも誰かが喜んで拾ってくれたと思うけれどね」
「さあ、どうでしょうな」
「なあ、君、アルファなんだろう? よければ、代わってくれないか。私みたいなのには、窓際族くらいが丁度いいよ」
「ご冗談を。私では、社長の代わりは務まりません」
「そうか。残念だなあ……」
「愛人でしたら喜んで」
「……いや、だから、その。私はベータだよ、シェーンコップ。君と交わっても子供はできないんだ」
「なに、子供ならユリアンがいるではありませんか。どうです、一度試しに」
「遠慮しておくよ」
「残念ですな」
 助手席に座ったリンツSPが「ンンッ」とわざとらしく咳払いした。この車にSPが三人も乗っている理由は、なにも、『外敵だけ』からヤン社長を守るためではなかった。

***

「ヤン社長、おかえりなさい」
「ただいま、グリーンヒルさん。何かニュースはあるかな?」
「はい。先日出荷された我が社の商品○○の売れ行きは上々で、今期は△△%の利益増が見込まれます」
「それは、結構。……トリューニヒトに仕事を増やされない程度に売れるといいなあ」
「まあ、利益は多ければ多いほどよろしいですわ社長。そうすればいずれ、トリューニヒトの地位を社長が奪える日が来て、おきらいな彼の顔を見なくてすむようになります」
「よしてくれ。私にそんな野心はないよ」
「社長にはなくとも、私にはありますわ」
「勇ましいなあ。君が社長をやるといい」
「えっ。いえ、そんなつもりは。私には、あなたの代わりなどできませんよ」
「まったく、皆、野心的なのだか謙虚なのだか分からないなあ……」
 こまったように笑いながらそう言い、黒髪をクシャクシャと掻きながら社長イスにヤンが腰掛ける。
 イスもスーツも、社長にふさわしいブランドものを使っているはずなのだが、彼が使っていると、どうも高級感が削がれ、画一の安い量産品のように見えてしまうのだった。
「ところで、グリーンヒルさん」
「はい?」
「その…………えっと……お、お茶、もらえるかな?」
「はい。すぐに」
 社長秘書フレデリカ・グリーンヒルがカツカツとヒールを鳴らし、給湯室へ向かう。
 その姿が見えなくなったあと、ヤンは、黒髪の頭を抱え、社長机に肘をついてうなだれた。
 なぜ、私は『きょう一緒に食事にいかないか?』の一言が言えないんだ! 社長が聞いて呆れるよ……。

 一方、給湯室で一人になり、茶葉の抽出を待っているフレデリカは、ほうっと息を吐いた。
 ああ、社長、今日もとっても可愛いわ……。どうにか、彼を手に入れたい。彼をとことん、私の力で出世させて差し上げたい……。

 そうした男女の恋模様すべてに気づいている壁際のシェーンコップは、なぜか、嫉妬を覚えることなく、ただただもどかしさを覚えていた。

***

「お前さん、今晩もまたカリーナ何某と遊ぶのか」
「今夜はエリザベスだ」
「……お前さん、いい加減に落ち着いたらどうだね」
「あいにく、おれはまだまだ恋多き年頃でね」
「じき三十になるだろう」
「いいや。おれは、永遠にピチピチ二十代のままさ」
 ポプランに反論することすら馬鹿馬鹿しく、コーネフは首を横にふった。
「じゃあな」とウインクひとつ残してポプランが去って行き、サーティーン社近くの行きつけのバーにコーネフは一人残された。
「おひとりですかな」
 ウイスキーを揺らすコーネフの隣に、屈強そうな男が座った。見ると、ヤン社長のSPのワルター・フォン・シェーンコップとわかった。
 シェーンコップは自分にワインをひとつ注文した後、コーネフへ目を向けた。
「これはこれはSPどの」
「ポプランどのは、また夜遊びに?」
「こまったもんだ。独り身じゃないってのに」
「まったくですな。アルファこそ、番になったオメガにスジを通すべきだ」
「あんただって遊び回っていると聞くが?」
「私は番を持っていない」
「なるほどね」
 そう応じたあと、コーネフは、はあ、と溜息をついた。
「なにか、悩み事でも?」
「ああ……おれは、あんたらと違って一途な性質なんだがね、パートナーは浮気性なもんだから困っているのさ」
「それは気の毒に」
「いくら言っても聞きゃしない。だが、別れることもできなくってな。まったく嫌になる」
「同じことをやり返してやったらどうです?」
「できりゃいいんだけどな」
「なんなら、協力して差し上げてもいい」
「……なに?」
「私はアルファだ。それは、ご存じかな?」
「……まあな」
「では、結構。パートナーをひとつ、ぎゃふんと言わしてやりましょう」
「そ、そうは言ってもよ。ほら、……わかるだろう? おれはさ、」
「なに、フリだけすればよいのです。フリだけ。絶対に不可能だとは、誰にも証明できないのですからな」
「…………そうか。……よし、乗った!」
 コーネフは、気合い入れ代わりに残りのウイスキーをグイッとあおった。

***

 エリザベスと楽しみ終え、帰路についたポプランは、自宅への道の途中で二人の男の人影を見かけた。こんな遅い時間にいったい誰だ?
 その一つは、見慣れた人物のものだった。もう一つの人影も、よく目をこらすと、会社でよく見かける特定の人物のものであると判別できた。二人は、みょうに親しげに肩を組んで歩いて行く。その行き先は、自分の家と同じものだった。
 ポプランは、無意識に彼らから隠れ、尾行して様子をうかがった。

 彼らが玄関につくと、玄関の明かりが自動で点灯し、彼らを照らした。その二人は、ポプランが認識した通りの人物たちであった。
 二人が玄関の鍵をあけ、自宅へ入っていく。扉が閉まると同時に、ポプランは音を立てずに早足で扉へ近づき、中の音に耳をそばだてた。
「あいつは今夜、もう帰ってこないと思う」
「それは結構」
「……な、なあ、本当にやるのか? おれは」
「もちろん。家にまで入れておいて、お預けにしないで頂きたい」
「あ、いやっ……! やっぱり、待っ……あっ、あ♡」

 ポプランは、いきおいよく玄関を蹴り開けた。

「やいやいやい! てめえ、ひとの番に何をっ……!?」

 シェーンコップとコーネフは、お互い触れ合っておらず、棒立ちで玄関をまっすぐ向き、ニヤニヤとこちらを見ていた。いかにも『玄関に向かって声を張っていました』ふうの様子である。
 はた、と、ポプランは、彼らの思惑を理解した。

「「 か か っ た な 」」
「……っ! チックショォォォォーーーー!!」
 まんまと騙され、ポプランは、顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んだ。

***

「……へえ、ポプランは、ああ見えて既婚なのかい?」
「そうらしいですわ」
「ふーん……彼とよく一緒に居るコーネフも既婚らしいね」
「彼が奥様ですわ社長」
「へ!?」
「ポプラン殿はアルファ、コーネフ殿はオメガだそうです」
「……へえ!? そうだったのかい。私はてっきり、あの二人、仲が悪いもんだと……」
「『喧嘩するほど仲がいい』と申しますわ」
「へええ……」

***

「ところで、ヤン」
「なんです? 先輩」
「『常務』だ」
「やだなあ、先輩だって『社長』って言わなかったでしょう。それで、なんです?」
「おれは近々、産休に入るからな。部下に引き継ぎしておくが、認知しておいてくれ」
「へえ! おめでとうございます」
「おう。祝儀をはずんでくれよ『社長』」
「そういうときばかり『社長』って言うのナシです先輩……」
 こまったように笑い、黒髪を掻きながらヤンが応じる。

 サーティーン社の事務を支配するアレックス・キャゼルヌ常務は、オメガの男性であり、アルファ女性のオルタンスと仲むつまじく暮らしていた。

Ende