獣人ビッテン
動物学者と獣人の話
その1

 初めて彼を目にしたのは、とあるオークションでのことだった。
 オークションには、失われた名匠の絵から、由緒ある宝石飾りまで、多岐に渡る商品が集められていた。珍しい生き物もそうした商品のひとつだった。その中に、一見すると、毛皮をまとった人間の子供に見える生き物が混ざっていた。
 それは、現在では狩猟や捕獲が禁止されている絶滅危惧種・虎獣人の赤子であった。虎獣人は『ビッテンフェルト』という名で呼ばれていた。
 動物学者パウル・フォン・オーベルシュタインは、彼が協力している警察にこれを通報し、虎獣人の出品と売買を無効とさせた。生物系のご禁制の品を摘発するのが、今回の彼の仕事だった。
 その後、虎獣人の身柄もまたオーベルシュタインが預かることとなった。親から引き離された彼を野生に帰しても生き延びられないため、成体になるまで育ててやる必要があったからだ。
 これをオーベルシュタインは快く引き受けた。謎多き貴重な虎獣人を保護でき、その成長を観察することができるなど、動物学者としてはこの上ない研究のチャンスであった。

 引き取ったばかりの頃、ビッテンフェルトは両腕にすっぽり収まるほどの大きさだった。人間の赤子と大差のない彼に、人間同様に哺乳瓶でミルクを与えてやると、ビッテンフェルトは愛らしく飲んだ。間接の仕組みや、受け入れられる食べ物の成分は人間よりも猫に近く、オーベルシュタインはその点によく注意して彼を育てた。彼は沢山ミルクを飲み、あっという間に育っていった。
 間もなく、彼は歩けるようになった。四つん這いのように見えるが、両脚は人間と異なり獣足であるため、足の裏をきちんと地面につけて歩ける。もっと成長すれば、二足歩行でも歩けるようになるはずだ。
 種族は違うが、表情筋の構造は人間とよく似ているらしい。彼は人間のように笑い、『おとうさん』であるオーベルシュタインにつきまとった。愛らしい彼の様子に動物学者は微笑んだ。
 歩くようになった彼は、やわらかく煮た挽肉などをモリモリ食べるようになり、ますます成長するようになった。簡単な言葉であれば話せるようになってきた。積み木や車などにはあまり興味を示さず、猫じゃらしを見せてみると夢中になって遊んだ。鏡が理解できないようで、鏡の中の自分と延々遊んでいることもあった。
 やがて、三年もすると、人間でいえば十歳くらいの大きさに成長した。言葉は三歳児相当と思われる。固い肉でも問題なく食べるようになった。立派な牙も生えそろった。鏡にもさほど興味を示さなくなった。
 この時期、力加減を誤り、ビッテンフェルトはするどい爪でオーベルシュタインに大きな怪我をさせてしまった。オーベルシュタインが大量の血を流しながら呻いてうずくまり、ビッテンフェルトは真っ青になって立ちすくんだ。
 オーベルシュタインは電話機を真っ赤に染めながらも緊急通報を果たし、救急隊員に運ばれ病院で手当を受けた。この間、説明する余裕がなかったこともあり、『そこに居なさい』と鋭く叫んでビッテンフェルトを檻部屋に入れて鍵をかけ、泣き叫ぶ彼を置いて彼の見知らぬ救急隊員たちと共に去った。
 オーベルシュタインの入院は数日を要することとなったため、この間のビッテンフェルトの世話を知人に依頼した。訪れた知人はめいっぱい優しくビッテンフェルトに声をかけたが、ビッテンフェルトは懐かず、低く唸った。知人は攻撃をおそれ、檻の隙間から肉を差し入れるだけで去るようにした。
 オーベルシュタインが帰ると、ビッテンフェルトは狂喜した。彼はしばらくまとわりつき、離れる様子を見せなかったが、力加減は随分気をつけるようになっていた。

 七年が経過すると、ビッテンフェルトはすっかり成体となっていた。人間で言えば二十五か三十かといった見た目で、筋力トレーニングは不十分ながら成人男性を優にしのぐ力を持ち合わせていた。しかし、相変わらずオーベルシュタインにはゴロゴロと喉を鳴らして甘えた。二足歩行も言語の理解も、優にこなせるようになっていた。
 オーベルシュタインは彼を連れて虎獣人の生息地に向かい、彼を野生に帰すためのトレーニングを始めることにした。まずは、人間の住処と獣人の住処の境界ほどに位置する場所の家を買い、そこでビッテンフェルトと共に暮らす。ビッテンフェルトには、オーベルシュタインが持ち込む護身用の猟銃にだけは触らないようよく言って聞かせ、どこへ行けとも何をしろとも言わず、ただ、屋外へも森へも自由に行けるようにした。
 ビッテンフェルトは始め、新しい住処に慣れないためか、扉が開いていても住居から遠く離れようとしなかった。1ヶ月ほどすると、森の探索をしたくなったのか、見える範囲から姿を消して外出するようになった。それでも、食事時になるときっかり戻ってきた。3ヶ月すると、動物を捕らえて持って帰るようになった。オーベルシュタインはこれを良い傾向だと考え、ビッテンフェルトを抱きしめて撫でて大いに褒めた。すると毎日、狩りをするようになり、彼らの家に食べきれないほどの肉が積み上げられた。オーベルシュタインは短期間の間に肉屋ほど捌くのが上手くなった。
 半年が経過した。ビッテンフェルトはすっかり一流のハンターになっていた。森に入っている期間も数日に及ぶことが増えてきた。しかし相変わらず、オーベルシュタインを唯一の家族と決めている様子で、彼はきっちり戻ってきていた。オーベルシュタインは、『どのように彼を野生の世界に帰し、自分は彼と決別しようか』と悩み始めていた。
 あるとき、転機が訪れた。夕食の支度をするオーベルシュタインに、ビッテンフェルトは次のように話しかけてきた。
「ねえ、ファーター」
「なんだい、ビッテンフェルト」
「あのね。おれ、森に狩りに入っていたらね。大きなエモノみたいに見えた奴がいて追いかけたんだ。そいつすごくすばしっこかった。追いかけても追いかけても逃げていって、おれはずっと追いかけた」
「そうか。捕まえられたかい?」
「ううん。ずっと追いかけていたらね、そいつが急に止まった。おれも驚いて止まった。そいつ、そいつ……なんだか、おれに似てて」
 それを聞いたオーベルシュタインの手が止まった。数秒後、彼の手は再び動き始めた。
「どう似ていた?」
「んとね……丸い耳があって、毛皮におれみたいな模様があって、尻尾があってね、おれくらいの大きさで、おれみたいに長い尻尾がついてた。それに、後ろ足だけで立ったんだ」
 ビッテンフェルトが言っているのは、おそらく野生の虎獣人だろう。もしかすると、ようやく彼を元の世界に帰すチャンスが巡ってきたのかもしれない。
「うん。それで?」
「それで、それで……おれ、びっくりして、そいつを見ていた。そしたら、そいつが話しかけてきた」
「そう。何て言っていた?」
「うーん……よくわかんなかった。よくわかんなかったけど、『お前は仲間か?』みたいなことを言ってた。あと、『ニオイが違う、でも毛皮と尻尾がある』みたいな」
「お前はなんて?」
「……わかんない、って答えた。そしたら、逃げていった」
「そうか……」
 ファーストコンタクトは失敗か? だが、虎獣人は攻撃性が高いことで有名だ。攻撃されなかったのであれば、望みはあるかもしれない。
「明日、お前のとってきた新しい肉を持って森に入りなさい。そして、またおまえに似た者に会うことができたら、それをあげてみなさい」
「? うん」
「そして、『仲間にしてほしい』と伝えて、できれば、彼らの住んでいる場所に遊びに行かせてもらいなさい」
「?? どうして?」
「……お前はすごく足が速くなったから、私では『追いかけっこ』をしてやれなくなっただろう? お前に似ているなら、お前みたいに足が速くて、一緒に遊ぶのが楽しいかもしれない。友達になってもらうといい」
「『ともだち』?」
「一緒に『追いかけっこ』をしたり、食べ物を分けたり、……その他にも、何か好きなことをする相手のことだ。お前は大人だから『ともだち』も作れるね?」
 そう煽ってみると、純粋な虎獣人はムンと胸を張った。
「つくれる」
「良い子だ。では明日からやってごらん」
「わかった」

 翌日、ビッテンフェルトは言われたとおり獲物の脚を持って森へ入った。相手も自分を探していたらしく、今度はすぐに見つかった。お互いに警戒が解けなかったため、ビッテンフェルトは肉をよく見えるようにゆっくり地面に置き、相手に受け取るよう促しながら離れた。相手の虎獣人はゆっくり近づき、こちらをじっと見ながら肉をそっと拾った。ふんふんとそれを嗅ぐと、相手は肉を下げてこちらに話しかけてきた。
『お前は誰だ』
「おれはビッテンフェルト」
『どこから来た』
「あっちの家」
『あの変わり者の人間の家か?』
「たぶん。おれはファーターと暮らしている」
『人間と暮らしている?』
「うん。なあ、おれと“ともだち”になってくれないか」
『“ともだち”……』
 虎獣人はしばし考えた。やがて、彼は応答を返した。
『長に聞いて許しが出たらなってやる』
「わかった。また来る」
 そのやりとりを済ませ、野生の獣人は森の奥へ駆けていった。ビッテンフェルトも家に帰ることにした。

 さらに翌日、オーベルシュタインに促され、ふたたび肉を持って森に入ってみると、今度は複数の獣人が待ち構えていた。先日の者より年嵩だが、戦いとなったら負けてしまいそうな屈強な獣人もいる。これが『長』だろう、とビッテンフェルトは直感した。
『人間に育てられた迷子か』
「まいご?」
『我々の群れに来たいか、迷子よ』
「行きたい」
『よかろう。丁度、人間の囮かもしれんお前をどうしようか悩んでいたところだ。ついてくるがよい』
 ビッテンフェルトは長たちについていき、森の奥深くにある彼らの群れを訪れた。
 群れには大勢の獣人――とはいっても、数十ほどだが――が居り、そもそも自分以外に獣人を見たのは先日出会った者が初めてであったビッテンフェルトは目を剥いた。手土産の肉を差し出すと、群れの者たちは喜んだ。
 なんでも、ビッテンフェルトが狩りをしていた場所では人間と出くわす可能性があるため、群れの者はそうそう行けなかったのだが、そこでビッテンフェルトが獲物を余分に狩ってしまっていたため、食料がやや不足していたのだという。
 これを聞いたビッテンフェルトは萎縮し、『父親』に褒められるのが嬉しくて、食べきれないほど狩ってしまっていたことを告白して謝罪した。群れの者たちは彼の素直さを認め、それ以上彼を責めることはなかった。
 群れの者たちは彼を狩りに誘い、若い獣人たちは集団での狩りに赴いた。ビッテンフェルトは集団での追い込みには慣れていなかったが、個体での狩りの力が高く、その日のうちに二つも大きな獲物を群れにもたらし、喜ばれた。
 ビッテンフェルトは、かつてない喜びに目を輝かせた。彼は、仲間の若い獣人たちと追いかけっこをして遊び、共に狩りに出、肉を持ち帰っては群れの尊敬を集め、気を失うように群れの寝床で眠った。
 一週間ほど群れで過ごした後、ビッテンフェルトはハタと養父を思い出した。
「おれ帰らなきゃ」
『帰る? どこへ? ここがお前の家だろう』
「ここは好きだ。でもおれの家は森の外にある」
『あの人間の家か? やめておけ。人間はずるくて恐ろしい生き物だ。食いもしないのに俺たちを狩って、皮をはいだり、いたぶって楽しむために傷つけられたり、食われるよりも恐ろしい目にあうというぞ』
「ファーターはちがう! 人間はたくさんいるんだ。本当だ。この群れより何十倍も何百倍も大勢いる。だから、恐ろしい人間もいるかもしれない。でもファーターはちがうんだ。おれは、小さなときからファーターに育てられてきた」
『群れには戻らないつもりか?』
「いや。いや。また来る。ここはすごく楽しいから」
『なら、ずっとここに居たらいいじゃないか』
「だめだ。ファーターが待ってる。それに、食い切れないほど狩ってしまった肉がそこにまだ沢山残ってる。ファーターはおれの三分の一も食わないから、まだまだ残っているはずだ。また持ってくるよ」
 それを聞くと、群れの獣人たちは引き留める気をなくしたようだった。
『必ず戻ってきてくれよ』
「もちろんだ」

 ビッテンフェルトが戻ると、辺りはすっかり暗く、家の明かりが点いていた。家に入る前にきちんと「ファーター」と声をかけ、ビッテンフェルトが家に入る。
 中では、いつも通りオーベルシュタインが待っていた。オーベルシュタインは悲しげに顔を歪め、両手を広げて我が子を迎え入れた。
「おかえり、ビッテンフェルト。無事でよかった」
「ただいまファーター。ごめん。遅くなった、ごめん」
 ビッテンフェルトが養父の小さな体を抱きしめる。昔は彼のほうが大きかったのに、今では自分のほうが一回り大きかった。
「友達はできたか?」
「うん! たくさんできた! とっても楽しかった! あんまり楽しくて、家に帰るのを忘れるくらいに」
「……そうか。良かったな」
「ごめん。ファーターごめん。もう絶対忘れないから」
「いいんだ。さあ、お前の好きなシチューをつくってやろうね」
 オーベルシュタインは、デミグラスソースで煮込んだ、肉しか具がないシチューを作ってやり、ビッテンフェルトのためにサラダボウルの器へたっぷり盛ってやった。そして、一緒に夕食をとった。
 ビッテンフェルトは、嬉しそうに群れでの楽しい思い出を語った。それを、オーベルシュタインは嬉しそうに、そして寂しそうな様子で聞いていた。その様子に気づき、ビッテンフェルトは慌ててフォローするように言った。
「大丈夫だよファーター、おれはちゃんとここへ戻るから」
 しかし、オーベルシュタインはこう応じるのみだった。
「気にしなくて良い。せっかく仲良くなったんだ、次はもっと長くいなさい」
 ビッテンフェルトは首をかしげた。ファーターは、本当はどうして欲しいのだろう。

 その翌日、オーベルシュタインは、家にあった肉を、干し肉にしたものから加熱したものまで全てビッテンフェルトに持たせ、群れの仲間たちと食べるように言った。そして、こうも付け加えた。
「ビッテンフェルト。『1ヶ月』の測り方は覚えているな?」
「うん。夜、お空の月が満ちて欠けて、同じ形に戻るまで」
「そう。良い子だ。今夜は満月だから、月が欠けて、月が消え、また月が満ちて満月になるまで、今度は群れに残っていなさい」
「? ファーターは寂しくないの?」
「私なら大丈夫だから。大人だからできるね?」
 オーベルシュタインが魔法の言葉を使うと、ビッテンフェルトはまたムンと胸を張った。
「できる」
「よろしい。では、行ってらっしゃい」
 たっぷりの肉を袋に詰めて担いだビッテンフェルトをオーベルシュタインは見送った。その後ろ姿が見えなくなるまでずっと見つめた。これが最後の別れになるはずだった。
 彼の姿がすっかり見えなくなった後、念のため三日をそこで過ごした。その後、オーベルシュタインは荷物をまとめ、半年と少しの間過ごした住まいを引き払った。

『これでお別れだ』と言えなくてすまない。

 森に向かって心の中でビッテンフェルトに謝罪しつつ、オーベルシュタインは依頼した近隣住民の送迎車に乗り込み、遠ざかっていく家と森を見送った。

***

 ビッテンフェルトを野生に帰してから五年後、オーベルシュタインは再び彼の地を訪れていた。
 研究成果は上々で、学会発表は万雷の拍手で終わった。彼の論文は、のちのちに渡って数多く引用される貴重な資料となることだろう。しかし、オーベルシュタインの胸にポッカリ空いた穴は塞がらなかった。
 せめて一目でも元気な彼を見ることができれば、と考え、オーベルシュタインはあの家を訪れた。『獣人が来るかも知れないので誰も住まないように』と買い取ったまま空にしておいた家は、さびれて朽ちかけた廃墟となって残っていた。もしやと思ったが、ビッテンフェルトが住んでいる様子はなく、オーベルシュタインはほっとした。
 オーベルシュタインは家の近くにキャンプを張り、数日間そこから森を観察した。こちら側は人間の世界に近い領域であるため、時折鳥が飛ぶくらいで、動物も獣人もやってくることはほぼない。
 やがて手持ちの食料が尽き、オーベルシュタインはそろそろ引き返すことにした。

 最後の夜、オーベルシュタインは懐かしい夢を見た。ビッテンフェルトと過ごしていた頃の夢だ。あの独特の硬い毛の感触と、きらきらとした純粋な目の輝きが蘇り、オーベルシュタインは幸福な感覚を思い起こしていた。
 はた、と目が覚めた。まだ辺りは暗い。なんだか胸騒ぎがする。素早く目を走らせると、それは気のせいでないと分かった。近くに何かがいる。
 それが大きな獣人であると分かると同時に、オーベルシュタインはテントから強大な力で引きずり出された。オーベルシュタインが悲鳴をあげる。彼の心臓が早鐘を打つ。しかし、到底太刀打ちできる相手ではなく、猟銃は既に遠く引き離されてしまった。
 オーベルシュタインが地面に仰向けさせられる。獣人が彼を離した。見上げた夜空には満月と星空が輝いていた。不思議なくらい美しく見えた。美しい夜空をバックに、こちらを見下ろす獣人の巨体が黒く影を作っていた。何の獣人かすら定かではないが、両目がギラギラと黄色く光っていることだけは分かった。オーベルシュタインは死を覚悟した。
 獣人が唸っている。オーベルシュタインは息を荒げ、避けられない死を待った。しかしそれは訪れない。オーベルシュタインは瞬きした。何をもたもたしているのだろう。やがて、獣人は唸っている訳ではないことがようやく分かった。
『ファーター、ファーター』
 やや変わった発音で、低い声でそう紡いでいることが理解できた。
「お前、は……ビッテンフェルトか?」
 そう聞くと、巨大で屈強な獣人はオーベルシュタインを抱え上げ、折れんばかりの力で彼を抱きしめた。
『ファータアアアア』
「んぐっ、ぐるじ、びってんふぇるど」
 そう訴えかけると、ビッテンフェルトは少し力を緩めた。
『ごめん。でもファーターやっと見つかって嬉しくて』
「……そうか。ごめんな、置いていってしまって」
『ファーターどうしていなくなったの? おれ、ずっとおれ、満月の日にここに帰ったのに、家はからっぽで、ファーターはいなくなってて』
「ごめん。ごめんな」
『ファーターどうして?』
「お前が大きくなったら、仲間のところへ帰すつもりだったんだ。お前が小さかった頃、人間の勝手で、人間の世界に連れてきてしまったから。仲間と仲良くなれたみたいで、私は安心した。お前が仲間とだけ生きていけるように、」
 そこまで説明されると、ビッテンフェルトは再びオーベルシュタインをグッと抱きしめた。オーベルシュタインはムグと息を詰まらされた。
『ファーターがいないなんていや』
 そのまま彼は離さなかった。口をきけなくなってしまったので、オーベルシュタインはとりあえず、ビッテンフェルトに好きにさせてやることにした。

 さて、どうしたものか。こうなると彼は大体、さびしかった分だけ私から離れないのだ。

 群れへ帰ってもらうために、また少々策を練らなければなるまい。できれば、騙し討ちにならない形で。しかし、どうするにしろ、今度は中々苦労しそうだった。

Ende