Detroitパロ
OB800パウルと猪警部補
その1

 ダウンタウンの片隅にあるオンボロジャンクショップに、警察官ビッテンフェルトが向かっていく。ここは以前、犯罪捜査の際に見つけた所で、アンドロイドがお手頃な値段で売られている場所だ。
 彼は、手頃なアンドロイドを一体欲していた。家事に掃除、注文した商品の受け取りから買い物まで、何でも任せられる文明の利器・アンドロイドは、デトロイト市民みんなが欲しがる神器であった。
「粗にして野だが卑にあらず」と言い表される警察官ビッテンフェルトは、その為人こそ警察官として申し分なかったものの、自宅の整理整頓に手をこまねいていた。
 すぐに汚くなってしまう自分の家を掃除してくれるアンドロイドが欲しい。しかし、それだけ高性能なものなので、新品のアンドロイドは高級車ほど高値である。
 しかし、ここのジャンクショップの軒先にある中古アンドロイドの値であれば、出せない金額ではない。
 意を決した彼が店に入ってみると、店舗同様くたびれた店主が「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。
「よう、ちょっと見ていくぜ」と挨拶を返したあと、店内商品をじっくり観察する。
 できれば可愛らしい女性型の家事手伝いアンドロイドが欲しかったのだが、「これは」と思うものはどれも高い。
「すまん。女形の家事手伝いが欲しいんだが、手頃な値段のものはあるか?」
「すいやせん、お客さん。そこらへんの値段のやつしか今はありやせん。女形は、ロクに動かなくっても欲しがる客がいるもんで、安いのが入るとすぐ売れちまうんですよ」
 店主の説明を聞き、ビッテンフェルトは納得しつつうなだれた。
 しかたがない。とにかく、家が片付くことが先決だ。男性型で手を打つとしよう。
 それであればなるべく安く、とビッテンフェルトは考え、店の奥へ奥へと入っていく。すると、アンドロイドの値段とは思えない破格の値札をひとつ見つけ、喜び勇んでそちらへ向かった。そして、その値札がついた筐体を探す。
『OB-800』という型番のそのアンドロイドは、髪が少し長く、身体は細身で、男性ではあるが中性的な悪くないデザインだった。
 髪が前に垂れていたため顔がよく見えず、ビッテンフェルトは髪をよけて顔を確認した。その顔を見て、ビッテンフェルトはギョッとした。
「うわあああ!!!」
「どうしやした!?」
 店主があわててやってくる。ビッテンフェルトは振り返り、『なんでもない』と手を振った。
「すまん、なんでもない。ただ、こいつの顔を見て、驚いてしまってな」
「ああ……そいつですかい」
 そこに陳列されていた『OB-800』には、両目ユニットがなかった。黒く虚ろな眼窩を見せ、電源OFF状態のまま直立しているその様は、さながら、お化け屋敷の蝋人形めいている。
「そいつ、両目を抜かれてましてね。他の壊れたパーツは在庫があったものの、目ェだけはちょいと手に入らなくて」
「なるほどな……」
「でもまあ、使う分には問題ないですぜ。アンドロイドの目ェは飾りですから。視覚センサーにゃ問題ないんで、家の仕事をさせるだけなら問題ありやせん。ただ、外に行かせる用事は止めたほうがいいでしょうね」
「だな」
 衝撃のすぎさったビッテンフェルトが『OB-800』の顔をまじまじと見つめる。……うむ。事情を知った今でもコワい。こんなものに外を歩かせたら、女子供が泣き叫びそうだ。

 他の商品とも見比べ吟味し、ビッテンフェルトは目無しの『OB-800』を買うことにした。
連れて帰れるよう、店主が『OB-800』の電源を入れる。しばらくの間「ウイーン、ウイーン」「キュルキュル」などの異音を立てて起動プロセスを実行したのち、『OB-800』の頭が動いた。真っ暗な両目を、店主に、それからビッテンフェルトに向ける。
「OB-800。名前をつける」
『名前を受け付けます』
「ふむ。それでは……お前の名前は、パウルだ」
『私はパウル』
≪OB-800≫と表示されていた服の文字が、≪PAUL≫という表示に変わった。
「OB-800≪パウル≫、所有者を変更する」
『所有者を変更します』
「ええと……フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト」
『……認証しました。よろしくお願いします、フリッツ』
「おう。よろしくな」
「かわいがってやってくだせえ」
 ビッテンフェルトの車の助手席に乗せられ、目のないアンドロイド≪パウル≫が連れて帰られていく。

 修理の際、メモリをまっさらに初期化された彼は、はじめて見る……ように感じられる世界を、車の窓から眺めた。
 自分のようなアンドロイドを引き連れ、歩いている人間たちが大勢居る。連れられたアンドロイドたちは、人間の荷物を持ったり、人間の飲み物を携えていたりする。
 道路の片隅に座り込んでいる人間がいる。彼の横には、彼が書いたと思しき『アンドロイドのせいで私は職を失いました』という手製の看板が置かれている。
 アンドロイド・ショップの前で、大声をあげて騒いでいる人間達がいる。
「アンドロイドを社会から追い出せ!」
「アンドロイドが人間の仕事を奪った!」
「私たちに労働の権利を!」
 その横に、路線バスが停車した。バスには、人間とアンドロイドが大勢乗っている。ただし、人間たちは、車の前3/4ほどのゆったりとしたスペースの椅子に座り、アンドロイドたちは、残り1/4ほどの荷台のようなスペースに並んで立って乗っていた。

 パウルは何も言わず、それらの光景を淡々と眺めていた。
 車は一路、彼の新しい家に向かって走っていく。