Detroitパロ
小さなものたち
その6

「着いたぞ。ここがシルヴァーベルヒの家だ」
 車が止まり、コーネフが声をかける。
 ジャンク屋ポプランの友人だというコーネフの車に乗せられ、ビッテンフェルトは、半ば強制され、郊外にある閑静なコテージ――アンドロイド創始者であるシルヴァーベルヒの家へ来ていた。
「クレメルはお前を喜ばせるんだと繰り返していた。譲るにしても、お別れくらいは直接言ってやれないのか」そう、コーネフが強く説得したのである。
 ビッテンフェルトはぶすっくれた表情のまま、コーネフと共に車を降りた。

 コーネフの後につづく形で彼はコテージへ向かい、コーネフが呼び鈴を鳴らすのを見守った。
『はい』「コーネフです」『今開けます』
 応答のあと、ガチャンと扉が開いた。その向こうにいた人物を見て、ビッテンフェルトはぎょっと両目を見開いた。
 それは、パウル――パウルと同じ、OB800型のアンドロイドだった。よく見れば、両目はデフォルトの焦げ茶色で、たんなる同型機にすぎない。OB800型のアンドロイドは、きわめて機械的に、無表情で客人たちを見返していた。
『イワン・コーネフ様と、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト様ですね』
「ああ」
『お入りください』
 OB800が促す。コーネフは振り返ってビッテンフェルトを促し、先に中へ入っていった。ビッテンフェルトも、ためらいつつ、一緒に家の中へ踏み込んだ。
 中には、サイバーライフのシンボルを模した彫刻や、抽象的な渦の絵のようなものが飾られた玄関ホールがあった。客人向けらしきソファも置かれている。
『シルヴァーベルヒを呼んで参ります。こちらでお待ちください』
 OB800はそう言って一礼し、奥の扉に下がった。それを見送った後、ビッテンフェルトはふうと溜め息をついた。
「おどろいた……」
「クレメル君かと思ったのか?」
 コーネフが、どこか期待をこめたように尋ねる。だが、ビッテンフェルトは首を振った。
「いや……。……うむ。そうだな。おれの知ってる奴かと思った」
「お前さんはどうか知らんが、OB800型は、シルヴァーベルヒの一番のお気に入りでな。この家にどっさり雇っているらしい」
「ほう。それなら、クレメル1人の面倒くらい、よろこんでみてくれるだろう。ありがたいことだ」
 ビッテンフェルトの答えを聞き、コーネフは失望の溜め息を吐いた。だが、アンドロイドに『1人』という表現を使ったことには、少なからず好感をおぼえていた。
「本当に、連れ戻さなくて良いのか?」
 何度目かの質問をコーネフが繰り返す。だが、やはりビッテンフェルトは首を振った。
「いい。おれじゃ、あいつを幸せにしてやれない。……シルヴァーベルヒという奴のことは、顔と名前くらいしか知らんが、何体も並べるのが好きなら丁度いいだろう」
 そのとき、OB800が戻った。
『お入りください』
 コーネフとビッテンフェルトは頷き、アンドロイドの後に続いて、奥の扉をくぐった。

 その先では、シルヴァーベルヒが、6体ものOB800を侍らせ、ソファに腰掛けていた。2体は両脇に座り、2体が足元に侍り、もう2体は背後に立ち、それぞれが造物主に身を寄せている。どれも虚ろな焦げ茶色の瞳で、どことも知れぬ方向を見ていた。
「うぉっ……」
 ビッテンフェルトが驚き呻く。複数体いるとは事前に聞いていたが、こんなにも多く、しかもOB800ばかり侍らせているとは想像していなかった。
「かけてくれ」
 シルヴァーベルヒが向かいのソファを指さし、尊大に命じる。驚きから意識を戻したビッテンフェルトは、コーネフに続いてソファに座った。
「『フリッツ』殿、で間違いないかな?」
 ゆったりと両手を組み、意味ありげにファーストネームでシルヴァーベルヒが言及する。ビッテンフェルトは、その意味を理解できずに瞬きを返した。
「あ、ああ。フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト」
「ふむ。クレメル君を、連れ戻しにいらしたのかな?」
 ビッテンフェルトは首を横に振った。
「いいや。アイツのことを、あなたにお願いしようと思って参った」
「ほう。どうして? 彼は、あなたを喜ばせたいと願っていて、一緒に家に帰りたがっている様子だが……?」
 シルヴァーベルヒが言い終える前から、ビッテンフェルトは繰り返し首を横に振った。
「故あって、おれには奴を幸せにできそうにない。幸い、あなたはアンドロイドに誰より詳しいだろうし、OB800が相当お気に入りであられるようだ。あなたのような人に引き受けて貰えるなら、クレメルもきっと幸せでしょう。どうか、彼を受け取っては貰えませんか」
 横で、コーネフが顔をしかめる。一方、シルヴァーベルヒは面白そうに笑みを浮かべ、右手の人差し指を顎にあてた。
「どのような故あってのことだろうか? 差し支えなければ、教えていただけないだろうか」
「他人にとっては下らぬ理由です」
「OB800型は、私の最高傑作だ。1から10まで私がデザインした、一番のお気に入りなんだ。この子たちは、私の子も同様。ご縁のあったあなたが幸せにしてやれないと思う理由があるなら、親として、ぜひ聞いておきたい」
 自分の子供を、愛人のように侍らせているのか? と、ビッテンフェルトの脳裏に疑問がよぎった。ともあれ、シルヴァーベルヒの目を見るに、理由を話すしかなさそうであったので、仕方なく説明することにした。
「強いて言えば、あなたの自慢のOB800を、おれは好きになりすぎた。クレメルは、おれの勤める警察署でプレゼントされた奴なんだが、おれの家には、その前にも別のOB800型がいた。彼には『パウル』という名前を与えていて、おれはパウルのことが好きだった。もう、パウルは動かなくなってしまったんだが……おれにとって、パウルは特別だった。だから、『代わり』はきかなかった。そんなことはしたくなかった。だから、おれはクレメルを好きになれない……幸せにしてやれない。
 せめてクレメルが、OB800でなければよかった。あいつがパウルに見えなければ、まだ受け入れられたかもしれん。だが……OB800だから、パウルと同じだからこそ、おれはクレメルを受け入れられない。
 アンドロイド相手におかしいと思うだろうが、そういう理由だ」
 ビッテンフェルトは、そう一息に説明した。そして、シルヴァーベルヒに頭を下げる。
「あなたの大事なOB800を、押しつけるようですまない。だが、不幸にしたくないのは事実だ。よければどうか、クレメルを引き受けてはもらえないか」
 シルヴァーベルヒが、ふむ……と呟く。
「わかった」
「本当か!?」ビッテンフェルトが顔を上げる。
 だが、シルヴァーベルヒは片手を上げて『まだだ』と示した。
「クレメルにも言いたいことはあるだろう。まずは、それを聞いてやってくれないか?」
 ビッテンフェルトがぐっ、と呻く。だが、彼は頷いた。
「わかった。クレメルは、その6人のどれかか?」
「いや。向こうに待たせている。……おおい! クレメル、おいで!」

 シルヴァーベルヒが声を上げると、向こう側の扉がガチャリと開いた。奥から、シルヴァーベルヒに侍る6体とは異なる目の色――青い目をしたOB800が1体、歩み出てくる。
「パウル……?」
 ビッテンフェルトが呟く。シルヴァーベルヒはフフッと笑い声をたてた。
「いいや。彼は、クレメル君だ。なるほど、パウルも青い目だったのか」
「……ああ」
「結構。……クレメル、話は聞いていたな?」
『はい』
 クレメルが淡々と応答する。変異体らしからず、機械的で無感情な声であった。
「せっかく待っていたのに、残念だな? クレメル」
 シルヴァーベルヒが意地悪く尋ねる。クレメルは応じなかった。
「クレメル……」
 ビッテンフェルトは小さく呟き、顔を伏せる。悲しげな姿に、目を向けられなかった。
 そのとき、シルヴァーベルヒがこう言い出した。
「オド、クレメルの前に立ちなさい。『あれ』をクレメルに渡せ」
(オド……?)
 ビッテンフェルトとコーネフの両名が、耳慣れぬ『オド』という名前に首をかしげる。間もなく、シルヴァーベルヒの背後にいたOB800の1体が移動したため、そのアンドロイドの固有名称であることに思い至った。
 オドは、クレメルの前に立つと、彼に何かを差し出した。クレメルが不思議そうにそれを見やる。
「クレメル、それを受け取ってやってくれ」
 シルヴァーベルヒが優しく頼む。クレメルは、差し出された物を手に取った。

 それは、拳銃だった。

「クレメル。お前が本気で、フリッツの元に帰りたいと思っているなら――彼に愛されたいと願っているなら、オドを破壊しなさい。そうしたら、願いが叶うぞ」
 シルヴァーベルヒがニヤリと笑って告げる。
 ビッテンフェルトとコーネフは、発言の要旨をすぐには理解できず、目を白黒させた。ほどなくして、先に声を上げたのはコーネフだった。
「あ、あんた、一体何を言い出すんだ!?」
「さあ、やれ、クレメル。フリッツの元に本当に帰りたいんだと、お前の覚悟を見せてやるんだ」
 シルヴァーベルヒが繰り返す。クレメルは、拳銃とオドを見比べた。
 そして、ゆっくりと銃口を持ち上げ、オドの額にその照準を合わせる。引き金に、彼の指がかかる。
「やめろ!!」
 ようやく我にかえったビッテンフェルトが叫ぶ。ぴたり、と、クレメルの動きがとまった。
「クレメル。彼にしたがっても、連れて帰ってはくれないぞ。破壊しろ。そうしたら帰れる」
「何を言ってる!? クレメル、よせ! もういいから!」
 引き金に、力がかかる。

 パシュン、と、銃声が鳴り響いた。

「は……」
 オドと呼ばれたOB800が、ゆっくりと崩れ落ちる。額からブルー・ブラッドを糸引かせ、後ろに向かって倒れていく。
 バシャン、と、彼の後ろにあった屋内プールへとオドは落ちた。水面が、じわじわと青く染まっていく。オドは、ぴくりとも動かなかった。彼の顔はひび割れ、元の造作が分からなくなっていた。
「っ!! な、なんということを」
「あ……あ……」
 コーネフと、ビッテンフェルトがそれぞれ呻き喘ぎ、驚きに目を見張る。一方、クレメルは、銃口から煙を立ち上らせ、なんら感慨にふけった様子もなく直立していた。
 ふいに、クレメルが動き、銃口を今度はシルヴァーベルヒらのいるソファへ向けた。
 シルヴァーベルヒは、素早く立ち上がり、客人2人をひっつかんで「こっちへ」とソファから移動させた。何が起きているか理解しきれていない客人たちは、ひっぱられるままに壁際に寄った。
 あとには、残り5人のOB800達だけが残っていた。

 続けざまに銃声が響く。シルヴァーベルヒら3人は床に伏せ、流れ弾に当たらないようにした。OB800達は、そうしなかった。
 1体、また1体と頭を破壊され、OB800が崩れ落ちていく。最後の1体を撃つ前に弾が切れたらしく、カチカチと音が響いた。
 クレメルが、空になった銃を床に投げ捨てる。カラカラ、と、つるつるの床を銃がすべっていく。
 クレメルは、その辺にあった花瓶を取り上げ、じっと待っている最後のOB800へと近づいていった。
「クレメル!!」
 ビッテンフェルトが叫ぶ。だが、クレメルは止まらなかった。
 花瓶が、最後の1体の頭にあたる。鈍い音が響き、OB800の生き残りの頭にヒビをいれる。一撃では破壊に至らなかったが、花瓶は何度も何度も容赦なく打ち付けられ、ついに完全に頭部を破壊してしまった。
 ぐしゃり、と、最後の犠牲者が倒れる。あっという間に、シルヴァーベルヒ邸は、6体のOB800の墓場と化してしまった。
「すばらしい」
 惨状を目の当たりにし、シルヴァーベルヒは呟いた。コーネフがギロリと狂科学者を睨む。
「クレメル……どうして……」
 ビッテンフェルトが、信じがたい思いで呟く。クレメルはニコリとビッテンフェルトに微笑みかけ、花瓶を手放した。大きな花瓶が、ゴトリと音を立てて落下する。
『もう連れて帰ってくれなくてもいい、フリッツ。私は帰らない』
「クレメル……!?」
 理解できず、ビッテンフェルトが再度よびかける。この惨劇は、シルヴァーベルヒの変態に騙され、自分に連れ帰られたい一心で起こしたのではないのか?
 クレメルは続けた。
『私は、パウル以外のOB800を全て壊す。パウルを、たったひとりの特別にする。フリッツのために。それから、私自身も破壊する』
「んなっ……!? どうしてっ……まて! クレメル!」
 クレメルが玄関に向かう。ビッテンフェルトは、足をもつれさせながら立ち上がり、クレメルを止めようと追った。
 ビッテンフェルトの手が、クレメルの腕をつかむ。だが、アンドロイドの力は強く、あっさりと振り払われてしまう。勢い余り、ビッテンフェルトは玄関ホールに転んだ。
『さよなら、フリッツ』
 玄関を開け、クレメルが外へと去って行く。

 あわてて追ったビッテンフェルトが扉を開く頃には、クレメルの姿はどこにもなかった。
「すばらしい」
 背後で、シルヴァーベルヒの声がする。鬼の形相をうかべたビッテンフェルトが振り返ると、恍惚とした表情のシルヴァーベルヒが立っていた。
「『破壊禁止原則』を破り、所有者命令にすら反して見せた。あの子は、自分の心を手に入れた。あの子なりの『愛』を持った! 私は、あらたな生命体を創造したのだ! ははは!」
「~~! きさま!」
 ビッテンフェルトがシルヴァーベルヒに飛びかかる。彼を後ろに引き倒し、なおも笑うのを止めない相手に拳を2,3叩き込んだ。4発目を入れるところでコーネフが割って入り、それ以上の暴行を阻止した。
 コーネフも、気持ちとしては加勢したいところであったが、ビッテンフェルトに罪を重ねさせないことに尽力した。

      ***

 それから、各地のOB800型アンドロイドが、何者かに破壊される事件が相次いで報告された。所在地に警察の守りが入ったが、犯人の正体は不明のままだった。そしてとうとう、犯人が捕まることもなかった。
 ある時、ぱったりと事件は報告されなくなり、いつしか人々にも忘れ去られた。

 ビッテンフェルト家のパウルは、手出しされなかった。そして、クレメルが見つかることも、二度となかった。

Ende