銀吸血鬼の失敗
その4

 ハウプトマンが息を止めてから四日が過ぎた。そして、一週間が過ぎ、もう四日が過ぎ、二週間が過ぎた。だが、ハウプトマンは目覚めなかった。

 その晩も眠ったままのハウプトマンを入れた棺の脇で俯き、みずからも死体に戻ったような虚ろな眼差しで元部下を見下ろしていたフェルナーの肩を、真吸血鬼がそっと叩いた。フェルナーの頭が持ち上げられ、主人を見上げる。
「もう、彼を解放してやりなさい」
 ささやくように優しく、相手を傷つけないよう精一杯やわらかくした声色で真吸血鬼が語りかける。だが、その努力も虚しく、死刑を宣告されたような体でフェルナーが顔色をサッと青ざめさせた。
「何ですか、『解放』って。違う。おれは、おれはただ……おれは、ハウプトマンの奴が、『吸血鬼になりたい』と言ったから……だから……起きるのを、待って……」
「わかっている。わかっているから」
「なんで……どうして。どうして、ハウプトマンは起きないのですか? 閣下」
「……誰もが吸血鬼になる訳ではないのだ。相性か、何らかの条件か、理由は分からないが……」
「ならなかったら……?」
「ならなければ……、……ならないのであれば、彼を、自然の流れに還してやらねばならない」
「嫌ですよ!」
 フェルナーが声を荒らげた。真吸血鬼がビクリと肩を少し竦める。神経は太いが、生前、『オーベルシュタイン』に対して一度たりとも、このような態度を彼がとったことはなかった。
 棺の中に横たわるハウプトマンの両肩をガッと掴み、フェルナーが激しく揺さぶった。揺さぶられるのに合わせ、ハウプトマンがされるがまま揺れ動かされる。
「ハウプトマン! ヤーコプ! 起きろ、起きないか! 命令だ、起きろ! いつまで寝ているつもりだ!」
「フェルナー、止せ、彼はもう」
「死んでない! 死んでなんかいませんよ! ちくしょう、起きろハウプトマン!」
「フェルナー!」
 すっかり取り乱したフェルナーを真吸血鬼がなだめ、死者から手を離させようとする。それは、フェルナーの動きを止めるに十分な制止ではなかったが、代わりに、『ビキ』と何かが千切れるような音がして、彼の動きが止まった。
 音の出処を見たフェルナーが目を見開く。真吸血鬼は、とっさに彼の両目を覆い、「見るな」と言って彼を棺から引き剥がした。だが、時すでに遅く、その光景は、フェルナーの脳に焼き付けられていた。

『自然の流れ』に沿って『土に還り』始めたハウプトマン──ハウプトマンだったもの、が、強く揺さぶられたがために、体組織のうち結合の崩れ始めた部分がちぎれ、体内の一部を露出させていた。真吸血鬼は、フェルナーの目を覆いつつ、その光景を見て悲しげに目元を歪めた。
 フェルナーの様子を伺うと、強く抵抗はしなくなっていた。
「……うっ、うう……」
 目元を覆われたままのフェルナーが啜り泣き始めた。彼のこんな姿を見るのは、『オーベルシュタイン』にとっても『ローマン・ディキンソン』にとっても初めてのことであった。
 彼に失礼だろうが、今こそ、真の名を知るメリットを活かすべきだろう。
「『アントン・フェルナー』、眠りなさい。次の夜が来るまで……」

 ガクン、と、銀髪の頭が力を失い、自分にもたれかかるのを感じた。啜り泣きが止み、呼吸を必要としない吸血鬼が、寝息のない眠りについた。