銀吸血鬼の失敗
その5

「おれのことを愚かとお思いでしょう」
 人の立ち入らぬ森の奥深くに二人が建てたハウプトマンの墓を前に、フェルナーが自棄的に吐き捨てた。その頬には、涙の筋ができている。
 真吸血鬼は紅い瞳で彼を静かに見たのち、軽く首を横にふった。
「いいや」
「嘘をつかないでください」
「嘘などついていない」
「そんなはずは、」
「本当だ。自分のほうがずっと愚かなのに、他人をとやかく言う由はない」
 彼の言い分を聞き、フェルナーは不思議そうに彼へ目を向けた。
「『自分のほうが』……? どういうことです?」
「私は、卿と同じことを、これまで何百と繰り返してきた……」
 そう呟くと、真吸血鬼が遠くを見るような目をした。
 その視線の先には森の木々しかなかったが、フェルナーは、突然、ハウプトマンのものと同じ墓が、彼らの目の前に何百と並ぶ光景が現れたような錯覚をおぼえた。
 フン、と、真吸血鬼が鼻で笑う。フェルナーに対してではなく、自分自身に対する嘲笑であった。
「何度繰り返しても学ばない。何度悔やんでも、『二度としない』と誓っても、いつのまにか私はまた、心残す相手を土にしてしまう。悔い改めようにも誓いを立てようにも、そもそも神に見捨てられている。目覚めぬ想い人にすがったところで、呪う神さえいない。これこそ愚かというものだ。卿はまだいい。初めてやったことなのだから」
「……そう、だったのですね」
 フェルナーの脳裏に、生前のハウプトマンの姿がよみがえる。無茶ばかりする自分に、文句も言わずついてきてくれた、忠犬のような男だった。
『想い人』というほどではない。自分には、この吸血鬼がいるから。それでも十分、彼を失わせたことへの罪悪感と悲しみで引き裂かれる感覚をおぼえた。
「永遠に共にありたいと考え、血を喰い、二度と目覚めなくなった人間を一人ふやす度、私は『こんなことはもう二度とするものか』と考える。そして、誰とも関わらず、暗い森や乾いた荒野で一人、長い長い時を過ごすたび、私は他者の存在に餓え、会話を夢見る。そうして偶然だれかに出会い語りかけられると、光に虫が吸い寄せられるように私は人々の営みに近づく。そして、また繰り返すのだ」
 真吸血鬼は悲しげに述懐した。フェルナーには、相手を責める気にまったくなれなかった。
 しかし、同情することもできない。彼の孤独に共感するには、自分の経験値がすくなすぎると感じた。
 ふと、真吸血鬼が笑みを浮かべた。
「だが、この前の『人生』では、私は多少、神の寵愛を勝ち得たらしい」
「? それは、どうしてそう思われたのです?」
「ゴールデンバウム王朝の打倒と、ラインハルト・フォン・ローエングラムの即位に協力した。かの前王朝は、悪魔や吸血鬼では到底およばぬほどの堕落と虐殺を引き起こした。陛下は、他の誰より神に愛されていたに違いあるまい。……あまりに愛されすぎ、天へも早々に召されてしまったようだがね」
 そう説明すると、真吸血鬼はフェルナーに手を伸ばした。彼の銀髪に指を梳かせる。彼は、この癖毛の銀髪がとても気に入っているらしかった。
「褒美をひとつくれた、というところだろう」
 彼の意味するところを理解し、フェルナーはニッと笑みを返した。相手がかけてくれる深い愛情のおかげで、ハウプトマンを失った痛みは随分緩和されているように彼は思った。
「わかりませんよ。おれが神に嫌われたのかもしれません」
「ほう、どうしてそう思う」
「教会で、寄付をせずに品物だけ持って行ったことがございますから」
「それは悪いことをしたな。地獄へ落ちるぞ」
「閣下と一緒に旅ができるなら、地獄ツアーも悪くありませんな。きっと、そのために天国の門をくぐれず、追い返されたのですよ」
「なるほどな」
「おっと、反論がないとは」
「卿らしい」
「ひどい」
 二人の吸血鬼が笑い合う。最後に一度だけ追悼に手を合わせ、彼らは森の墓から去った。

 だれも居なくなった森の墓地を朝日が照らし、墓が照らされ、石の暗い影が緑の草地に落ちた。

Ende