フロイライン・ビッテンフェルト
その5

「お待ちください、閣下!」
 王虎(ケーニヒス・ティーゲル)のタラップをのしのしと踏み締め進むビッテンフェルトを、慌てた様子の参謀副官・オイゲンが追いかける。だが、ビッテンフェルトは、振り向くことも立ち止まることもなかった。
「こたびの出陣はどうかお止めください!」
 二人が艦内に入ってしまっても、めげずにオイゲンが言う。だが、ビッテンフェルトの歩みは止まることがない。
「ことわる!」
 オイゲンに背を向けたまま、ビッテンフェルトが力強く応じた。「閣下~!」と、泣きそうな声が後を追う。
「身ごもった状態でのワープ航法は……! 何より、前線指揮など無茶でございます! お止め下さい!」
「我が子もいとしいが、国家の安寧こそ第一である! なに、我がビッテンフェルト家の子は戦場に出るために生まれてくる、生まれる前に戦場の予習ができて丁度よいというものだ」
「閣下ぁ~~!」
 結局、ビッテンフェルトは腹の子ともども戦場に出ることとなった。胎児は、母親の腹ごしに指揮官席に座り、母の怒号と命令を胎教に聴いた。
 そして、戦闘終了を見計らったかのように、ビッテンフェルトが陣痛に呻きはじめた。どよめく艦橋で「産科医を、産科医を呼べ!」と部下たちの声が響く。
 ストレッチャーに載せられたビッテンフェルトが医務室に到着したか否かのタイミングで、赤子はスポンと生まれた。響き渡った第三子の産声は、母提督の怒号に負けない、元気な声であった。

      *

「子供たち、食事の時間だぞ」
 屋敷の庭で元気に跳ね回る子供たち――六人ほど暴れ回っている――に向かって、オーベルシュタインがか細い声で呼びかける。だが、子供たちは反応しない。遊びに夢中になりすぎて、父親の呼びかけが聞こえないのである。
 庭には、公立公園に有るものと同じ、鉄製のしっかりした遊具がいくつも並べられていた。元気が有り余りすぎる子供たちのため、かつては上品な庭園があった庭を改築し、じょうぶな芝生と遊具に置き換えられたのである。
 オーベルシュタインは、無視されてしまったことに傷ついた様子を見せず、今度は笛をピィッと吹いた。あまり大きい声の出せない彼が子供たちに呼びかけるため、よく使う道具である。高い音は鋭く響き、子供たちの耳にも届くことが多い。
 子供たちの半数が父親に気づいた。だが、残り半数はまだ気づかない。
 オーベルシュタインが溜め息をつく。すると、その後ろから別の人影が現れた。彼女の腕には、生まれたばかりの末っ子が抱きかかえられており、足元には、その次に幼い第七子がまとわりついている。彼女は大きく息を吸い込み、それから大音量の声を発した。
「チビども~~~~! め! し! だ! ぞ~~~~!」
 ビッテンフェルトの大声が庭中、いや近所中に轟き響く。そしてようやく、すべての子供たちがパタパタと屋敷にかけ戻ってきた。
 子供たちは、オレンジ髪の子供や焦げ茶色の髪の子供、元気はつらつな濃い肌色の子供や青白い子供、ビッテンフェルトに似た子とオーベルシュタインに似た子、その中間の子が様々にいる。どの子も元気いっぱいだった。
「提督……子供たちの言葉遣いが悪くなるから、『チビども』や『メシ』などの単語は避けて貰いたいのだが……」
 オーベルシュタインが低い声で淡々と伝える。するとビッテンフェルトはガッハッハと豪快に笑い、
「そうだったな! すまん。さ、メシにしよう」
「…………ああ」
 そして四人も、突進するうりぼうの群れに続いて食事に向かった。

 噂によると、皇帝がテロリストに狙われた日、オーベルシュタインは、自らの居室に敵をおびき寄せたらしい。だが実際に爆破された部屋には、デコイの人形が置かれていたという。

Ende