持ち主を幸せにする人形
その4

 後日、恐ろしい知らせが届いた。帰り道で彼女が何者かに襲われ、遺体となって道路で発見されたそうだ。その旨を、最後に会ったおれへの事情聴取という形で聞かされた。
 近隣の監視カメラで、おれの家から出て行ったのは彼女だけだとわかっており、『おれは疑われていない』と聞き込みにきた警官に言われた。それでも、付き合っていた相手がそんなことになって、ショックであることには変わらなかった。
「誰がそんなことを?」
 何か情報がないか、と尋ねてみると、警官は首を振って応じた。
「捜査情報は教えられない。……ので、ここだけの話にして欲しいのだけれど、まったく情報がないんだ。今のところ、通り魔的犯行だとしか言えない。何か心当たりがあったら、この番号に連絡してもらえるかな?」
 逆にそう言われ、警官は電話番号を走り書きしたメモを渡して帰った。

 聴取に疲れ、居間でおれは溜め息をついた。こんなことになるなんて……。
 ふと、パウルに目が引かれた。パウルは、いつも通りチェスト上の彼専用スペースにいて、微動だにせずドール・チェアにかけていた。
 パウルを持ち上げ、なんとなく手元にもってくる。整った顔には、なにも表情が浮かぶことはない。
「また、おれたち二人だけになっちまったな」
 それでいいではないか、と、言われた気がした。
「彼女くらい欲しいよ」
 パウルに溜め息をつかれた気がした。
「なあ、気立てのいい女の子は呼べないのか? お前は」
 ゆるやかにカーブを描く、ふわりとした作り物の髪に触りながら問いかける。
 人形は何も応えなかった。
 馬鹿なことをまたしているな、と自覚し、パウルを元通り席につかせてやった。

「……あれ? このお人形、誰がここに入れた?」
 オレンジの髪の少年が棺を見下ろし、問いかける。そこには、先日亡くなった彼の曾祖父が横たわっていた。彼の側に、寄り添うようにして1体の大きいドールが入れられている。
 人形は、小さな人間の子供くらいの大きさである。繊細な刺繍が施された生地にレースをたっぷりつけた服を着ていて、病的に白い肌をしており、無機物の顔が美しく造形されていた。
 この人形は、曾祖父のお気に入りだった。『幸運をもたらす人形だ』と彼はよく言っていた。3世帯が住んでもまだ余る広い屋敷も、彼が立ち上げて成功した会社も、この人形がくれた幸運のおかげだという。
 そんな人形が、なぜ、今から火葬となる曾祖父と棺に入れられているのだろう。
「あたしじゃないねえ。幸運をくれるっていうから、うちで代々受け継ぐって遺言には書いてあったと思うけど。兄さんあたりが看取るときに『やっぱりあの人形と一緒がいい』とかって言われて、入れてあげたのかねえ」
 少年の母親が言った。
 そして、人形を入れたまま、棺の蓋が閉じられる。
 閉じられる瞬間に垣間見えた人形の顔が、気のせいか、おだやかに微笑んでいるような気がした。

Ende