オメガバースパロ - ビテオベ
その6

 病室の前を、ビッテンフェルトがウーウーと呻きながら行ったり来たりする。知らせを受けてカンパニーからすっ飛んできたが、彼に出来ることは何もない。せめてオーベルシュタインを励ましたかったのだが、「うるさいから出て行け」と追い出されてしまった。
 初産ということもあり、お産は長丁場だった。追い出される直前の彼は、玉のような汗をかきながら苦しんでおり、今なお同じく苦しんでいると思うと気が気でなかった。
「……死なない、よな?」
 ビッテンフェルトは思わず呟いた。直後、ぶるぶる、と頭をはげしく横に振る。
 あいつじゃあるまいし、何を縁起でもないことを!
 そのとき、待ちわびた音が聞こえた。赤ん坊特有の泣き声だ。ビッテンフェルトがハッと扉を見つめる。それに応えるように扉がバタンと開いた。
「産まれましたよ!」
 看護師が言うのとほぼ同時に、ビッテンフェルトは部屋に飛び込んだ。
 ベッドには、青ざめ、息絶え絶えのオーベルシュタインが横たわっていた。その隣に、生まれたてで血潮にまみれたままの新生児が寝かせられている。
「男の子ですよ」
 産科医が通達する。ビッテンフェルトは、言葉にできない感動をおぼえつつ、ベッドまで近づき、ちいさな命を眺めた。
 子供だ。おれの、子供。
「よく頑張ったな」
 すぐ隣で真っ青なままのオーベルシュタインに声をかける。彼は相当疲弊したのか、無表情のままだった。
「死ぬなよ。この子の為にも」と思わず声を掛ける。オーベルシュタインが力なく頷いた。
 男の子は『アルノー』と名付けられた。

***

「出ない……」
 こまりはてた様子でオーベルシュタインが呟いた。腕には、おくるみで包んだアルノーを抱いている。
 アルノーは泣いていた。いくら吸っても母乳が飲めないためである。
「どうしたものか……」
「粉ミルクをやってはどうだ?」
「栄養面はそれで問題ないと思うが、免疫を移してやらんと……」
「ふむ。そうか。そうだな……」
 母乳の栄養価は母体の栄養状態に左右されるため、一般に、全部の栄養があまさず含められている粉ミルクのほうが栄養価は高い。しかし、ウイルスや細菌の特効薬となる免疫は、母乳でなければ得られないのだ。
 幼少期、身体の弱かったオーベルシュタインとしては、か弱い赤ん坊である息子にあらかじめ免疫を与えておきたいと考えていた。
「おまえは細いからな。乳などやったら自分が倒れそうだ」
「これでも、食べるようにはしているのだが」
「ふうむ。何か手立てはないものか……」

 ある日、ビッテンフェルトが目を輝かせながら帰ってきた。何かを袋に下げている。
「ただいま!」
「おかえり。何か、いいことがあったのか」
 オーベルシュタインが揺りかごをゆらしながら小声で応じた。さっき寝たばかりのアルノーは、さいわい、父親の大きな声に慣れたらしく、目覚めなかった。それを見て、あわててビッテンフェルトも声をひそめた。
「よいものを見つけたぞ」
「なんだ」
「これだ!」
 ビッテンフェルトが意気揚々と袋の内容物をテーブルにあける。それは、ハーブティーの茶葉だった。
「これは?」
「セイヨウニンジンボクのハーブティーだ。これにはな、乳の分泌をうながす効果がある。その効果たるや、出産していない者にも乳を出させるほどだという。これを試してみろ」
「ほう……」

 それから、オーベルシュタインはセイヨウニンジンボクのハーブティーを毎日、お茶のかわりに飲むようにした。1週間ほどすると、効果があらわれた。
「でた……」
 んくんく、と、アルノーが母乳を飲む。オーベルシュタインが嬉しそうに目を細めた。
「うまそうに飲むなぁ」
「うむ」
「……どんな味がするのだろうな」
「飲みたいのか?」
「ちょっとな」
「……アルノーのあとにな」
「おう」
 アルノーが満足して眠った後、ビッテンフェルトは約束どおり味見させてもらえた。
「どうだ?」
「うむ。あまり味がしないな」
「まあ、そんなものか」
 感想を伝えた後、ビッテンフェルトはぺろりと乳首を意味深に舐めた。ビクリ、とオーベルシュタインが震える。
「もう少しお前を味わいたいな」
「ッ……。避妊、しろよ」
「了解した」
 ビッテンフェルトはその晩、オーベルシュタインを存分に味わった。