オメガバースパロ - ビテオベ
その7

「ツム・ゲブーツターク・フィール・グリュック♪」
「ツム・ゲブーツターク・フィール・グリュック♪」
「ツム・ゲブーツターク・リーベア・フリーダ~♪」
「「「ツム・ゲブーツターク・フィール・グリュック~~♪」」」
 わー、と拍手が一斉に沸き起こる。
 今日の主役は、満1歳となった末っ子女児フリーダである。オレンジ色の髪がゆたかな彼女は幼児椅子に座り、蝋燭が1本だけ刺さったケーキを興味深げに見つめていた。
「フリーダの代わりに、ボクがフーしてあげる!」
 ミッシャがそう名乗り出る。妹フリーダの誕生で初めて『お兄ちゃん』に昇格した彼は、彼女の面倒をみようと張り切っていた。
 彼がフリーダの脇に立ち、『フー!』と蝋燭を吹き消す。蝋燭から細い煙があがる。そして、家族たちからの拍手が続いた。
 幼いフリーダは、「何事だろう」といった様子でキョロキョロしていた。
「おめでとう!」
「おめでとう、フリーダ!」
 両親と、5人の兄たちに祝われても、フリーダはきょとんとしていた。それでも、ケーキを一切れ渡され、白くフンワリした甘いケーキを頬張ると、彼女もにっこり笑った。
      *
「母さま」
「なんだ、アルノー」
「……フリーダが元気に生まれてきてくれて、嬉しいのはそうなのですけれど」
「どうした」
「その……以前、『ミッシャで最後だ』って……」
「今度こそ最後だ」
「それ……フィデリオとフェルディナンドの時から、ずっと……」
「……父さまに言ってくれ」
 諦めたようにそう応じる母――オーベルシュタインの様子を見て、長兄アルノーは、これ以上の追求しないことにした。
「しかしいい加減、家が手狭ですよ。女の子のフリーダを、他の兄弟と相部屋にする訳にもいかないでしょうし……」
 ふと、アルノーが何やら考え込んだ。しばらく後、彼は続けた。
「そうだ。僕はそろそろ、家を出ようかと思います」

「それはいかん!」

 そのとき、大きな声の異議がとどろいた。父、ビッテンフェルトである。
「父さま。聞いていらしたのですか?」
「家なら増築する! 大丈夫だ。家を出るなんて……アルノー……お前はまだ、たったの15なのだぞ!?」
「ローエングラム社長なら、10歳で寮に入られている」
 オーベルシュタインが冷ややかにそう反論する。だが、ビッテンフェルトは激しく首を横に振っただけだった。
「社長と一緒にするな! あの方は特別にすごい方なのだ!」
「私は、アルノーなら、全寮制の学校へでも何でも、出して恥ずかしくないと思うが」
「だめだ! だめだったら、だめだ! 心配だ!」
 そう頑なに言い張り、ビッテンフェルトはアルノーを強く抱きしめた。骨身が軋むほど強く抱きしめられ、アルノーが小さく呻く。
「父さま、いたい……」
「こんなに可愛いアルノーを寮にやったりしたら、他の奴らに襲われるかもしれん」
「お前みたいな奴にか?」
 オーベルシュタインが追撃する。ぐっ、とビッテンフェルトが呻いたが、彼はめげなかった。
「なんとでも言え! おれは許さんぞ!」
「……だ、そうだ。残念だったな、アルノー。……まずは、父さまを説得する必要があるようだ」
「おれが悪いみたいに言うな!」
 憤慨する父親の腕の中で、アルノーはウーンと首を傾けていた。
 悪者扱いはともかく、確かに、父親がこの状態では、ひとり立ちは少々厳しそうであった。
      *
「……ほんとなのか? 『家を出たい』って」
 その日の夜、寝室に戻ったアルノーは、エーベルにそう尋ねられた。彼らの寝室は相部屋である。
「ああ。まあ、父さまが反対だから、無理そうだけど……」
 寝間着に着替えたアルノーが、自分のベッドに入ろうとしつつ背中で応じる。
 すると、後ろからエーベルが不意に抱きついてきた。
「うわっ!? なんだ、エーベル」
 アルノーが問いかけると、エーベルは、消え入りそうな声で応じた。
「おれ、アルノーがいないなんて嫌だ……」
 唇を当てられた肩口がこそばゆい。アルノーはフッと笑い、甘えん坊の弟の頭を撫でた。
「じゃ、お前も来るか? どこか、同じ学校にさ」
 長兄の誘いを聞くと、エーベルはガバと顔を上げた。
「……いーのか?」
「ボクとお前の歳なら、ちょうどいいしな。……もしかしたら、父さまも許してくれるかも」
 エーベルがぎゅうと長兄を抱きしめた。また骨の軋む感覚をおぼえさせられ、アルノーは「ぐえ」と小さく呻いた。
「じゃあ行く!」
「父さまが許したら、だぞ?」
「行くったら行く! 絶対に絶対行くったら行くううう」
「わかった、わかった。今日はもう寝ろよ」
 またエーベルの頭をポンポンと撫でてやる。すると、ようやくエーベルは手を離した。
      *
「忘れ物は?」
「ないと思います。母さま」
「おれもー!」
「……まあ、あったら連絡をくれ。送る」
 挨拶を交わすアルノー、エーベルとオーベルシュタインの後ろでは、豪快な泣き声があがっていた。
「うおおおお~~~~!!」
「うるさいぞ貴様。いつまで泣いているつもりだ」
「だっでよおおおお、ア゛ル゛ノ゛ーどエ゛ーベル゛があああ……いだいっ!」
 号泣するビッテンフェルトの尻を、オーベルシュタインがピシャリと叩いた。
「それでも父親か。いい加減に落ち着け」
「だってよお……」
 はあ、と、オーベルシュタインが溜め息をつく。それから、彼はビッテンフェルトの耳元に顔を寄せ、小さく囁きかけた。
『良い子で見送りができたら、夜にご褒美をやるから』
 そう聞くと、すんっとビッテンフェルトが鼻をすすり、ごしごしとハンカチで顔をぬぐった。目は赤いままだが、先程よりは大分しゃんとした表情を取り繕う。
 アルノーとエーベルは、真顔のまま笑いを堪えていた。
「……気をつけてな!」
 ビッテンフェルトがそう言い結ぶ。二人はうんと頷いて返した。
「「いってきます!」」

 そのようにして、ビッテンフェルトとオーベルシュタインの家の住人は、子供2人が家を出て、両親2人と子供4人、それと使用人たちとに減ることとなった。