オメガバースパロ - ビテオベ
その8

「わりい! ちょっと用事がある。先に帰っていてくれるか? 夕飯も先に食っておいてくれ!」
「……わかった」
 ここ3週間ばかり、アルファとオメガの夫婦である、ビッテンフェルトとオーベルシュタインの会話はこうであった。
 二人とも定時退社できるシーズンだというのに、ビッテンフェルトは「用事があるから」と、オーベルシュタインを置いて何処かへ行ってしまう。そして、オーベルシュタインと子供たちが夕食を終えた頃、いそいそと帰ってくるのであった。
『もしやとうとう、ビッテンフェルトが飽きたか』
 その光景を毎日目にした同僚たちは、そのように噂していた。
 そもそも、この二人の結婚じたいが奇怪なのであり、子供が何故か大勢いるらしいとはいえ、とても愛し合っているようには会社では見えなかったためである。
 当のオーベルシュタインはというと、特に気にした様子はなかった。
      *
「かあさまー。とうさまはいつかえってくるの?」
 夕食の席でミッシャが尋ねると、オーベルシュタインは、懐から携帯端末を取り出し、ちらりと画面を確認した。
「あと、8分……28秒くらいだ。もうすぐだよ」
「はっぷんかー」
「8分だからー、480秒?」
「そうだ、フェルディ」
 そして、オーベルシュタインの宣言から丁度8分半ほど経つと、玄関の呼び鈴が鳴り響いた。
「帰ったぞー!」
 ビッテンフェルトの声が、食堂までよく響いてきた。
「あ、とうさまだー」
「父さま帰ってきたー」
「母さまの言った通りだねー」
 子供たちが言い合っていると、なにやら興奮した足音が食堂に向かってきた。まもなく、食堂の扉をバンと開け、嵐のように父親が入ってくる。
 彼の腕には、絵画が入りそうな平たい包装箱が抱えられていた。
「父さま、それなにー?」
「なにー?」
 子供たちが興味津々に尋ねる。ふふん、と、ビッテンフェルトが鼻息を吹いた。
「こいつはな、母さんへのプレゼントだ。結婚記念日のな! アルノーとエーベルがいなくなって寂しいだろうから、特別なものを作った! きっと驚くぞー」
「母さまがおどろくものー?」
「見たーい」
 自分たちへの贈り物でないと知っても尚、子供たちが更に興味を示す。
 この母さまを驚かせるモノとは、一体全体なんだろう?
 ビッテンフェルトは、プレゼントをオーベルシュタインに渡した。
「開けてみてくれ!」
 ビッテンフェルトが目を輝かせて促す。オーベルシュタインは頷き、受け取ったプレゼントをテーブルに置き、包み紙を丁寧に剥がした。
 中には、点描画のように花びらを1枚1枚並べて描いた、花絵が入っていた。描かれているものは、やわらかく微笑んだオーベルシュタインの肖像である。
「わーすごーい!」
「すごーい!」
「おはなのかあさまだー!」
 子供たちが驚き、口々にそう反応する。
 一方で、オーベルシュタイン本人は、比較的無反応であった。
「……えっと。気に入らなかった、か……? 一応、専門家に教わって作って……悪くない出来だと、思っているんだが……」
 おずおずとビッテンフェルトが尋ねる。すると、オーベルシュタインは表情筋を動かし、ややぎこちない微笑みを浮かべた。
「いや。とてもよくできていると思う。嬉しい。ありがとう」
「そ、そうか。大丈夫か? 無理してないか?」
「本当だ。よくできている。私にしては顔色がいいな」
 額縁をつつきながらオーベルシュタインが言う。何やら引っかかるが、嘘をついている訳ではなさそうだとビッテンフェルトは感じた。
「そうか! ならよかった。……さて、どこに飾ろうかな?」
「そこに飾るといい」
 オーベルシュタインが壁を指さす。そこには暖炉があり、その上の壁には、花絵のサイズに丁度いい空きがあった。
 なお、その『空き』は、オーベルシュタインが使用人に頼み、飾ってあったものを退かして今日つくったものである。
「おお! いい場所が空いているな! よし、そうしよう」
 ビッテンフェルトは、その変化に気づかなかった。
 ビッテンフェルトが自ら暖炉の上に花絵を掛け、子供たちが喜び見守る。その様子を眺めるオーベルシュタインの顔には、花絵と同じ自然な笑顔が浮かんでいた。
      *
 ある日、社長室では、ラインハルトとオーベルシュタインの間でこのような雑談が起こったという。
「なあ。卿の所では、家庭の悩みはあるのか?」
「子作りが中々打ち止めにならないこと」
「知っている。他には?」
「……そうですね。サプライズを驚けないことでしょうか……」
「なんだそれは」
「……何でも調べ尽くしてしまう、自身の性分が憎い、と申しますか」
「なるほどな」