殺人鬼のフェルナーとオーベルシュタインの話
その2

 数日後、フェルナーは調査局で取りまとめた調査結果を軍務尚書に手渡した。調査で探り当てられた犠牲者のリストの半数程度は、実際にフェルナーが手を下したものであり、残りの半数程度は、無関係な別の原因で亡くなった人々である。無関係な原因で亡くなった人々の中には、フェルナーが絶対に手を出しえない推定時刻に亡くなった者も多く含まれている。
 フェルナーは、軍務尚書が最近会談する予定のあった要人の名前を時系列順に並べたものと、近頃亡くなった周辺関係者の名前を死亡した順に並べたものを、執務机の上に示した。両のリストは、所々一致しているが、特に一致していない部分もある。中には、軍務尚書が会う前に、既に死亡していた者も何人かあった。2つの情報は、関係しているようにも、していないようにも見える。
 だが、無関係だと断定するには、無視できない程度の重なりがあるように思われた。

「……………」

 軍務尚書は、義眼を上下に巡らせ、2つのリストにじっくりと目を通した。幾巡ばかりかリストを眺めたのち、中空を見つめ、無言で何事か思案にふける。その様子を、フェルナーは常の不敵な笑みを浮かべて眺めていた。

「…もし、閣下がお会いになる予定だった人々、もしくはその関係者たちの中から犠牲者が選ばれていたとすれば、容疑者は軍務省の内部の者、ということになりますな」

 そう意見を述べた副官に、オーベルシュタインは目を向けた。

「それも、小官自身を含む、閣下の副官や秘書官のチームの中にいる可能性が高いと考えられます。閣下が誰にお会いになるかの情報を逐一共有しているのは、我々だけですから」

 大胆不敵に自身も容疑者へ加える副官の言をきき、オーベルシュタインは僅かに眉を寄せ、義眼の目を細めた。フェルナーは軍務尚書のそうした表情の変化にも物怖じした様子をみせず、ニヤリと笑みを返してみせる。

 さあ、どう反応するかな。自ら容疑を自分へ向けるおれに、むしろ疑念を強めるか。それとも、犯人ではないゆえの言と考え、疑念を外すか。相手が相手であるし、勝てる保証も何もなく、リターンがそれほどあるでもない。ただただ、危険なゲーム。だが、フェルナーは軍務尚書が相手でありさえすれば、どんな結果であれ、いくらでも楽しめるような気がしていた。

「…卿は、犯人の目的をどう考える?」

 意外な質問を受け、フェルナーは、ぱちくり、と翠玉の瞳をしばたたかせた。

「…目的、ですか?…さて。小官には、皆目検討もつきませんが」
「当て推量で構わん。卿の言う通り、仮にこれが軍務省の者の犯行であったとして、その者の意図は何だ?」
「…そう、ですねえ…当て推量にしかなりませんが…
 閣下への、厚意ではないでしょうか」
「厚意、だと?」
「は。これらの犠牲者たちには、閣下に相対していた人物が多く含まれております。それだけならば、閣下を容疑者に仕立てて失脚させるため、とも考えられますが、だとすると閣下へ繋がる物証が全く用意されていないことが不自然です。はた迷惑なやり方ではございますが、犯人は、閣下への厚意のつもりで犯行を行っているのではないでしょうか。
 ……仮に、これが軍務省の者の犯行であったとして、の話ではございますがね」

 一通り意見を述べた後、フェルナーは付け加えるように“仮定”を申し添えた。

「厚意…か。…ふむ。興味深い見解だな。筋が通らぬこともないが、相手が私であっても、か?」
「はい。確かに閣下は多くの人に嫌われているかもしれませんが、好みというものは、人それぞれでございますから」
「ほう。卿は、そう考えるのだな」
「ええ」
「……そうか。…厚意、か…」

 フェルナーから目線を外し、妙に感心したように、軍務尚書は軽く頷きながら繰り返した。その後、ふたたび彼の副官に目を向ける。

「これ以上、調べても分かることはなかろう。この件の調査は、もうよい」
「はっ」
「ところで、フェルナー准将」
「何でしょうか、閣下」
「明日より、卿を私の主席副官の任から外す」
「…はい?」
「降格するわけではない。卿には、調査局長と、官房長官の任もある。今後、そちらの職務に尽力し、定時の報告のみ回せ。副官の任には、しばらくグスマン少将をあてる」
「な、な…え、どうしてです、閣下」
「卿が不始末をしたわけではない。繰り返すが、これは降格ではない。私が、組織にナンバー2は不要と考えていることは知っているな?」
「……はい」
「そろそろ、ローエングラム王朝の確立も一区切りつくところだ。軍務省においても、卿が常に主席副官を務め、実質のナンバー2となっている状況を是正せねばならぬ、と考えていた。この期に、副官を務められる人員を増やしておこうと思う」
「…左様で、ございますか」
「うむ。しばらく、グスマン少将の補助に回るように」
「はっ」

 フェルナーはうやうやしく右手を胸にあて、軍務尚書に向かって頭を垂れ、御意を示した。

 軍務尚書の視界に入らぬよう伏せたその顔には、彼が敬愛する冷徹の軍務尚書の前では出したことのない、苛立ちの隠せぬ表情があらわれていた。