マフィアなオベ兄弟とディーラーなフェルナーの話
その5

 服をすっかり脱いだ副頭目がベッドに腰掛け、煩雑としたフェルナーの寝室に脱ぎ落としたジャケットから、煙草のようなものを取り出して咥える。
 そして、事後の余韻に浸ったままの相手に義眼の目を向け、「火」と一言要求した。フェルナーは慌てて辺りを探り、ジッポを取り出して煙草の先端に火を点けた。
 細長い煙をあげ始めたソレを吸い込み、副頭目が煙を吐き出す。
「見ない銘柄ですね。なんというブランドですか」
「これは喘息の薬だ。煙草も麻薬もしない」
「裏の人間にしては健康的ですな」
「不健康なものを取り込む余裕がないだけだ」
 もう一息吸い込み、ふたたび煙を吐き出す。あまりにマフィア然としていて、言われても喘息を患っているようには見えない。
「ところで」
「はい?」
「お前はディーラーをしているが、プレイヤーをやるのも好きだろう?」
 フェルナーがニッと笑みを浮かべる。
「なぜそう思われるのです?」
「でなければ、こんな火遊びに手を出しておるまい」
 答える代わりに、フェルナーは肩をすくめて返した。返す言葉もなく、その通りである。
「もっと大きな博打をしてみる気はないか?」
 煙を吐きつつ、副頭目が問いかける。フェルナーは瞬きしつつ、身体をこわばらせた。警戒と同時に、抗いがたい興味をそそられる。フェルナーも身を起こした。
「大きな博打とは?」
「この国そのものを変える」
 ディーラーは仰け反った。思ったよりも規模が大きい。
「まずは、ハウンドを抜けようと思う」
 さらに仰け反る。この方は何を考えているのだ?
「頭目はご承知なのですか?」
「もちろん知らん。目処がついたら伝えるつもりだ」
「反対されるのでは?」
「するだろうな」
「……私に何を?」
「なに。私はこの通り、かよわいのでね。出て行くにしろ、丈夫そうな部下のひとりふたり欲しい、と思ってな」
 死神すらひと睨みで追い返しそうな目をジロリと動かしつつ、副頭目は続けた。
「ハウンドの古株は兄さんに忠誠を誓っている。私個人には従わない。しかし、お前は新参だ。どうだね」
 促されたが、フェルナーはすぐに返事できなかった。
 理性は『そんな博打に付き合うな』と言っている。一方で、自分の中にある本能のようなものが『このまま副頭目と離れてしまっていいのか?』と詰め寄ってくる。
「この国をどうなさりたいので?」
「そうだな……」
 副頭目が煙を吸って吐く。返事を考え込んでいる。フェルナーは固唾をのんで答えを待った。
「色々と要望はあるが、端的に言えば『ブチ壊して好きな形に作り直したい』のだ」
 臆することなく宣言し、一糸まとわぬ姿のままの副頭目が煙をフウと吐き出す。
 フェルナーの脳裏には、砂場の像があった。所々は美しいが、いびつな大きい砂の城が悠然と佇んでいる。その城が叩き壊され、崩れ落ちる。バラバラになった残骸は、新たなる城の材料として組み込まれ、形成されていく……。
「あらたなる覇王を出現させる。現王朝を滅ぼすのだ。そして、新たな秩序と法を作りあげ、施行させるのだ」
「そこまでのことをできるアテは何でしょう?」
「例の若者を頼ろうと考えている。〝ラインハルト・フォン・ミューゼル〟だ」
「〝緑の森〟の坊やですか」
「そう。若く直情的で、お前の手品を見破るのは苦手であるようだが、彼の知略と覇気は他の追随を許さん。統率力・カリスマ共申し分なく、彼に魅せられ集まってきた手練れも多くいる。手始めに、私を彼の配下に置いてもらう」
「それから、どうなさるのです? 坊やを焚きつけて、国家転覆を?」
「焚きつける必要はない。彼は元々そのつもりだ」
「えっ……!?」
 フェルナーは絶句した。そんな話は初めて聞くし、坊やの国家転覆に協力するなど……正気の沙汰とは思えない。
「だが、彼らだけでは危うい。純粋すぎる。陰謀に長けた者が支えてやらねばなるまいよ」
「それで副頭目が……」
「さて。再度の誘いだが」
「はっ」
「私と来ないかフェルナー、この国を壊して作り変えるために」
 フェルナーはまだ呻いていた。どうする。ディーラーとしてハウンドのカジノに留まるか、それとも、副頭目と共に革命に挑んでみるか……?
 フェルナーは、長年連れ添ってきた女――運命の女神に命運を預けてみることにした。彼は、帝国マルク硬貨を1枚取り出し、ピィンと上空に向かって弾き、落ちてきた硬貨を手の甲で受け、残った手で覆い隠した。
「表ならJa、裏ならNeinで」
 副頭目が頷く。フェルナーはゆっくりと手を持ち上げ、コイントスの結果を開示した。
「……表、ですね」
「ふむ。それでは、卿の答えは?」
「謹んでお供させて頂きましょう。運命の女神様のご啓示のままに」
 変わった奴だ、とオーベルシュタインは思った。いや、変わっているのは自分のほうか。これからやろうとしている事を考えれば、多少変わっているくらいが役目に丁度よいのかもしれない。

 こうしてディーラーは、副頭目個人に仕えることにした。大きすぎる博打に向かって。