オーベルシュタインの娘
その13

「ねえ、アレク?」
「はい、母上」

 皇帝の玉座に座ったアレクサンデルが、その横に置かれた皇太后の椅子に座る母親へ顔を向けた。

「その……わかるわ。退屈よね。わたしも、人のことはとても言えない子どもだったと思うし、お父様もじっと待つのはおきらいだったに違いないわ。でも……」
「『逃げないで。これは大切な仕事なの』、ですね。存じております」
「……ええ、そうですわ、陛下」

 アレクの返事に応えつつも、ヒルデガルド・フォン・ローエングラムは、息子はまた逃げ出すだろうと分かっていた。情けないことに、それを厳しく咎める資格は自分にはない。自分も、よく屋敷から脱走して執事を困らせていた。ラインハルトにしても、飾り人形のように大人しくしているのは大嫌いだったに違いない。

 数分後、ほんの一瞬だけ、ほんの少し打ち合わせのために目を離した隙に、アレクサンデルは忽然と姿を消した。ヒルダは、諦めに満ちた溜息をついた。あの子ったら、最近まるでニンジャだわ。
 ヒルダは、通信機を取り出し、『ニンジャ』すら逃さぬであろう帝国唯一の存在に呼出をかけた。

「……もしもし? 軍務尚書?」
『逃げられましたかな』
「……ええ。申し訳ありません。できる限り見張っていたのですけれど」
『御意』

 具体的な指示のないうちからそう応じられ、通信がプツリと切られた。
 ヒルダがまた溜息をつく。こう、いつもいつも軍務尚書を頼らされては、彼に逆らえなくなってしまうわ。どうしたらいいのかしら……。

***

 有事に備え、王宮の一室にて別所待機していたオーベルシュタインは、摂政皇太后から連絡を受け、タブレット型端末を取り出した。いくつか操作すると、ただちに、王宮じゅうの監視カメラ映像が碁盤目のように並び、軍務尚書はそれらに素早く目を走らせる。
 チラリ、と、金の髪が画面を横切った。その一瞬を、オーベルシュタインは逃さなかった。

「こちらO。総員に告ぐ、コードF、繰り返す、コードF」
『こちらA、コードF了解』
「最終映像は3区画H、予想行き先は5区画D」
『了解』

 王宮中から、無音のさざめきが起こる。軍務尚書配下にある特殊部隊が、気取られないよう音もなく一斉に動き出したのである。
 
『AからOへ。中継確認されたし』

 オーベルシュタインの持つタブレット画面の一部に、監視カメラと別の映像が映し出される。『A』が頭に取り付けたカメラの中継映像である。

「OよりA、中継確認」
『AよりO、了解』

 Aが駆け出すと同時に映像も前へ進み始める。やがて、カメラが金髪の青年の後ろ姿をとらえた。

『! いたぞ! Aより総員、目標発見! 4区画Cだ!』
『了解!』

「いやに早いな」

 オーベルシュタインが呟く。こんなに簡単に見つかったことに、これといって確証はないが、違和感を感じていた。
 いつも連れている随行員もすべて追跡に回しているので、ここには今、彼一人しかおらず、その発言に疑念を呈するものもいなかった。

***

「! アレク!」
「フェリックス!」

 駆け抜ける皇帝を少しも邪魔しようとせず、フェリックスが片手を上げて挨拶し、アレクサンデルもそれに応じた。お互い名前を呼んだ以外には会話せず、そのままアレクは通り過ぎた。会話はいらない。フェリックスは、彼の今の状況と、自分がすべきことを既に理解していた。
 ほどなく、彼を追いかける大の軍人たちが走ってきた。

「! フェリックスくん!」
「どうも。皆さん、ジョギングですか? 精が出ますね」
「はは……なあ、皇帝陛下を、お見かけしなかったか?」
「陛下ですか。向かって左に行かれましたよ」

 左と右に別れた道の、左を指差しつつフェリックスは応じた。人を食ったような、どことなく嫌な感じの笑みを浮かべている。追跡者たちは、彼が、皇帝陛下の大の親友であり、どちらかといえば友の逃走を手助けしそうであることを思い起こし、彼の証言に疑念を抱いた。

『左へ』

 スピーカーから軍務尚書の声がした。そして、それを聞いたフェリックスは『おどろいて、ほんの僅かに目を見開いた』。それを、映像越しでも、オーベルシュタインは見落とさなかった。確定だ。部下たちが即座に指示に従い、左へ向かって駆けていく。それを、フェリックスは心底腹立たしげに見送っていた。

 地獄の門の寓話に少しだけ似ている。あなたの前に、天国へ続く門と、地獄へ続く門がある。その手前には、二人の門番がいる。一人は、あなたの質問に対して必ず真実を答える門番であり、もう一人は、必ず嘘を答える門番である。彼らはそっくり同じ姿をしていて、見分けることができない。あなたは彼らに、ひとつだけ質問をすることができる。さあ、どうすれば天国への門を選ぶことができるだろうか?
 答えは、「もう一方の門番に『天国への門はどちらか』と尋ねたら、どちらを指すか」と尋ねること。地獄への門でもいい。真実を語る門番は、嘘を語る門番がつく嘘を正直に教えてくれるので、地獄の門を指差す。嘘を語る門番は、正直者の門番が指差すであろう天国の門ではなく、地獄の門を指差す。したがって、二人が指を差さなかった門が天国への門である。

 それでは、時に真実を言い、時に嘘を言う人間が一人だけいたならば、いかにして正しい道を見つけ出せばよいか? どうということはない。とりあえず答えを言ってみて、嬉しそうにニヤリと笑ったならば反対の道を、驚愕に目を見開いたなら選んだ道を進めば良い。人間であれば、嘘をつけない一瞬を引きずり出せるのだ。

 なぜだ。ファーターなら、おれの表情にだまされて右を選んだのに! 本当にアレクが逃げ去った道をまんまと当てられてしまい、フェリックスは顔を歪めて悔しそうに拳を壁に叩きつけた。

***

『……いないぞ!?』
『やはり右だったのでは?』
『いいや、後ろ姿を見た。こっちで間違いない。一体どこへ』

 追跡者たちが通信ごしにどよめきを伝える。オーベルシュタインは中継映像から視線を逸らし、代わりに、監視カメラ映像へと目を凝らした。
 チラリ、と、金糸が横切る。設置箇所を確認し、オーベルシュタインは首をかしげた。なぜ、こんな場所を?
 はた、と、オーベルシュタインは思い至った。ブラフだ。彼は、まっすぐ出口を目指していた訳ではない。目的地を私に誤認させるため、わざと遠回りしたのだ。私としたことが……。
 ふたたび目的地を予測し、彼が最後に映ったカメラの位置から、ルートと到着予想時間を計算する。部下たちは間に合わない。ここに一番近いのは……私だ。

「総員、ただちに7地区Eへ」

 通信越しにそう告げると、タブレット端末を置き、灰色の外套をひるがえして走り出した。

 建物を出ると、質素に、だが整然と美しく仕上げられた王宮の中庭が目に入る。その向こうに、アレクサンデルの後ろ姿が見えた。もうすぐ、警備が薄い箇所であり、身軽な者であれば容易に乗り越えられる外壁に辿り着かれてしまう。その壁は、外からの侵入者であれば対応できるが、内からの脱走者にはさしたる効果を持たないものであった。一体いつ、どうやってそうした情報を得ているのやら。
 アレクサンデルが振り返る。彼はニヤ、と笑い、ふたたび前を向いて駆けていった。私ひとりしか居ないので、追いつかれないと踏んだのだろう。残念なことにその通りだ。

 仕方ない。一か八かだ。

 石壁に手足をかけ、まるでハシゴでも掛かっているかのように軽々と壁をよじ登ったアレクサンデルは、上まで登りきると、『オーベルシュタインはさぞ悔しい顔をしているだろう』と考え、勝ち誇った笑みを浮かべて再び振り向いた。
 だが、その笑みは一瞬にして引いた。

 オーベルシュタインがうずくまっている。中庭に膝をついて座り込み、顔を伏せ、心臓のあたりを押さえている。肩を上下させ、苦しそうに喘いでいた。

 アレクが息を呑む。慌てるあまり落下しないよう注意しつつ石壁を下り、アレクは、オーベルシュタインの所まで駆け戻った。

「オーベルシュタイン?」
「うぅ……ゲホッ、ゲホッ」
「どうした? 胸が痛むのか?」
「……フーーッ、フーーッ……」
「痛いんだな? そうだな? ……どうしよう、だれか……くそ、ここには今警備がおらんのだ、そうだ、それで、ここを使うことにしたのだからな……」

 建物の中へ人を呼びに行くか? 彼を一人にして大丈夫か? まさかの事態に対応できず、アレクはおろおろと二の足を踏んだ。そうこうしている内にオーベルシュタインの部下たちが駆けつけてきたのを見て、アレクはホッとした。

「陛下! ……軍務尚書!? どうなされました」
「さっき、急に苦しみ出したのだ。救護を呼んでくれ、はやく」

 アレクがそう言うと、オーベルシュタインが手を伸ばし、彼の二の腕をガッと掴んだ。きょとん、としたアレクが彼に振り返る。オーベルシュタインが顔を上げた。いつも通り青白い顔だ。いつも通り?

「ご心配感謝いたします、陛下。申し訳ございませんが、玉座の間にお戻りくださいませ」

 淡々と、いつものような口調で告げられる。胸を押さえていた手を離し、荒らげていた呼吸は静かになっていた。

「お、おまえ……!! おまえ!」
「お連れしろ」

 オーベルシュタインの命を受け、部下たちがアレクを両側から捕らえる。丁重に彼を移動させ、建物の中へと連れていった。

「だましたな! おまえ……! おまえ、最悪だな! 最低だ! ちくしょう!」

 アレクが怒り心頭でわめき、部下たちが苦笑する。たしかに、軍務尚書のやり方はちょっとばかり悪質が過ぎるように思われた。皇帝陛下の精神育成に悪影響がなければいいが……。

 アレクの姿が見えなくなったあと、フェルナーもその後に続こうとした。その瞬間、軍服の裾を掴まれ、おどろいて後ろを振り返る。座ったままのオーベルシュタインに引っ張られていた。座ったまま? なぜ、軍務尚書はまだ地べたに座っているのだ。

「卿は残れ」
「閣下?」
「残りの部下に、担架を……持ってこさせろ。私を運べ。救急へ……王宮の誰にも……気取られては、ならない」

 フェルナーが青ざめた。通信機を取り出し、皇帝陛下についた二人以外の部下を『緊急事態、大至急、担架を持ってこい』と言い添えて掻き集める。
 オーベルシュタインの身体が傾き、地面の上にゆっくりと横たわった。上半身だけを起こしておくことも辛いらしい。

「本当にお悪かったのですか」
「……嘘ならよかったが」
「死なないでくださいよ」
「私に選択権はないだろう」
「そんな……お嬢さんはどうするんです」
「どうにもならんよ。何を言わせたいのだ、卿は……」
「……いえ。私の失言でした。申し訳ございません」
「よい」
「なぜ、嘘のフリなど」
「……急に走ったせいか、胸が苦しくなって……彼のせいだと思わせたくなかったのでな」
「……そうでしたか」
「私が倒れるのを嫌がる子供に、それを見せたくはない……ベアテにも……そのような貧乏くじは、卿が引け」

 フェルナーが顔を歪めた。この上官を失うということは、彼にとっても愉快には程遠いものであった。だが、応える代わりに右手を上げて敬礼し、御意を示した。

「……また……彼を追いかけてやれるだろうか。できたとして、あと何度、それができるのか……」

 横たわって呼吸を整えつつ、オーベルシュタインがつぶやいた。『血を流さずとも、たかが鬼ごっこ(Fangen)で喜んでくれるなら安いものだ』と、例によって、痛烈な初代皇帝批判と、次期皇帝へのやや失礼な物言いを含む自説を述べ、幾人もの近衛兵たち・協力した提督たちすらもことごとく振り切ったアレクサンデルの追いかけ役を軍務尚書は担ってきていた。今のところ、軍務尚書の全戦全勝であったが、彼が出られなければ後がない。

 きっとまた追いかけられますよ、と言えば、『卿にわかるはずがない』と返されるだろう。追いかけられなくなる前に皇帝陛下が成長なさいますよ、というのも、希望的観測に過ぎる。
 ふと、フェルナーに妙案が浮かんだ。

「閣下のご容態が安定しましたら、次なる方策について、小官の考えをお聞きくださいますか?」

 常のワイヤーロープらしい不敵な笑みを浮かべてフェルナーが言う。聞こう、と、ちょうど来た部下たちに運ばれる直前、オーベルシュタインが応じた。

***

 青々とした芝生に覆われ、花が咲き、そよ風が吹く小さな丘の上にアレクサンデルが立ち、誰も出てくる気配のない王宮を眺めていた。彼の蒼氷色の瞳は物憂げな色を帯び、誰にも捕えられたくはないが誰かに来て欲しい、そんな矛盾した想いを持て余していた。

 この前の手は、オーベルシュタインらしくない手だった。本当に仮病だったのだろうか? 病気であるのが本当で、私をだますための仮病だったというのが嘘、という可能性はないだろうか。
 王宮の出口をじっと見る。誰も来る気配がない。待ってやっているのに。

 風が吹き、陽の光を反射する長い金髪と、純白の外套がたなびくと、さながら、丘の上に降り立った天使のようであった。憂いを帯びた美しい顔は、地上の民の愚かさを憐れみ、悲しんでいるようにも思える。生きた宗教画のような光景であった。

 しかし今は、美術鑑賞をするときではない。

 カサリ、と、低い草が踏まれる音を聞きつけ、アレクサンデルが振り返る。思わぬ人物を目にして、アレクは驚愕した。

「ベアテ!?」

 あらわれたベアテは、アレクサンデルに向かって走ってきた。速い。わりと速い。驚愕から立ち直らないうちにアレクは一瞬で距離をつめられ、ベアテが両腕をいっぱいに広げ、ガッシと力強く抱きついてきても、されるがままとなった。

「ウワアアアアアーー!!!??」
「見つけましたよ、アレク兄様」
「なんだ? なんだベアテ? なぜ、お前がここに?」

 ガサガサ、と、多くの音が聞こえてきた。見慣れた部隊に囲まれている。

「でかした、お嬢さん!」
「『軍曹』!」
「おっと失敬。よくやった、オーベルシュタイン軍曹!」
「んなっ、何……!? ベアテ、おまえ、なぜ……ビッテンフェルトの所にいるはずでは!?」
「出向扱いです、陛下。軍務尚書の体調がすぐれませんため、僭越ながら私めが代理で捕まえにあがりました」

 ひっしと抱きついたままのベアテが顔をあげ、アレクサンデルを見上げて言った。むぐぐ、とアレクが唸る。男に抱きつかれたなら振り払おうとも思えるが、女の子、しかも、かわいい妹に抱きつかれていては、とてもではないが振り払えない。
 そうこうしている内にあっという間にアレクサンデルは軍務省部隊に囲まれてしまい、連れ戻されざるを得なくなった。

 連行されてゆくアレクを見送るベアテにフェルナーが近づき、彼女の肩にポンと手を乗せた。

「よくやってくれた! これで、軍務尚書も安心なされるだろう」
「こんなお手伝いでよろしかったのでしょうか」
「もちろん。子供の遊び相手は、子供がするに限る」

 ベアテがムッと眉を寄せ、フェルナーの手をパシンと振り払った。フェルナーははたと気付き、「これは失敬、一人前のフラウ」と謝罪した。

***

 その様子を、偶然、ヒルダは窓から目撃していた。

 あら。なんだか、かわいらしいことになっているわ。ヒルダは思わず微笑んだ。
 後から連絡を受けて知った所によると、軍務尚書の体調が少々すぐれないため、黒色槍騎兵艦隊にて軍務体験中の娘を出向させ、皇帝追跡任務にあてたらしい。

 連れ戻されたアレクサンデルに「ねえアレク、もしかして、ベアテさんと良い仲なの?」と悪戯っぽく笑いながら尋ねてみると、アレクは目を見開き、「いえ! そんな。ベアテは妹と思っていますよ」と応じた。ヒルダはクスクス笑った。ふしぎなもので、恋愛事について自分が他人にとやかく言われるのは嫌なのに、人の恋路となると詳しく突っ込みたくなってしまうのだ。

 その後、打ち合わせで少しの間、軍務尚書と二人になったとき、オーベルシュタインにヒルダは尋ねてみた。

「ベアテさん、もしかしたら、アレクと良い仲になるかもしれませんわね」
「そうでないと良いです。皇帝の姻戚になることにでもなれば、私は職を退かねばなりません」

 バッサリ。

 ドライアイスの一刀両断を受け、『ばかねヒルダ、なんでよりにもよって永久凍土の石版に恋バナを持ちかけたの?』と、ヒルダは内心で自分を責めた。

「……残ってもいいのでは?」
「いいえ。皇帝の姻戚が権威ある立場にあることは望ましくありません。娘と会話することも私は避けるべきです」
「……あの、わたし、お父様と絶縁まではしていないのですけれど」
「マリーンドルフ伯より私の方が遥かに野心的です。元々あった王朝を滅ぼそうと志し、成し遂げたくらいには」

 それについてはひとかけらも反論の余地を見い出せず、ヒルダは押し黙った。そのまましばらく無言が続き、オーベルシュタインが再び口を開いた。

「……とはいえ、皇帝陛下の血筋を残すことの重要性を考えれば瑣末なことです。私も、退役するには早すぎる年齢とは言い難いですし、もし、当人たちが望むのであれば……。まあ、我々が決めることではありませんな」

 それを最後に、他の元帥たちも会議室にやってきたため、子供たちに関する会話はそれで終わった。ヒルダは、ホッと安心して溜息をついた。

 あるとき、例によって追跡人員として配置されたベアテと二人になり、ヒルダは、彼女に尋ねてみた。
「ねえ、ベアテさん。もしかして、陛下のことが好き?」
「? はい」

 サラリとベアテが答えた。聞き方をまちがえたわ。これは、お兄さんとして好きとかの意味合いね。

「恋愛的な意味で好き?」
「それは分かりませんが、結婚は避けたいですね」

 バッサリ。

「……ど、どうして?」
「私は、軍人をやりたいと考えておりますので。皇妃や寵姫をやることになれば、陛下の御子を授かり、無事に産み育てることが最優先事項になりますので、当然、危険が伴う上、陛下と離れることになる軍務には出るわけにいかなくなります」

 またやったわね、ヒルダ。だめじゃない……この子は、一人の女の子である前に、あの軍務尚書の子供なのよ。
 そのとき、ベアテの通信機が鳴り、「失礼」と断りを入れてベアテが出た。

『お嬢さん、仕事の時間だよ』
「『軍曹』です、フェルナー中将」
『おっと、すまん。それより、愛しの皇帝陛下との追いかけっこの時間だよー』
「『コードF』です、閣下」
『ほら、早く早く』
「……了解」

 ピッ、と、通信を切り、ベアテが駆け出していった。後に、ヒルデガルドが一人残される。

「ねえ、お父様、わたしがおかしいのかしら……」
『きゅうにどうしたんだヒルダ』

 その晩、疲れた様子で久々に父親と話すヒルダの姿があったという。