オーベルシュタインの娘
その14

「会ってほしい者たちがおります」と言われ、『どうせまた退屈な大人だろう』と思いつつ待っていたアレクサンデルは、目の前にあらわれた者達を見て顔を輝かせた。

 そこに居たのは、二人の小さな子供たちだった。一人は、オレンジの髪と鳶色の目をした活発そうな男の子で、もう一人は、緩くウェーブのついた焦げ茶色の髪と青い目の大人しげな女の子である。
 男の子は、ビッテンフェルト提督の息子のヴィクトールといい、女の子は、軍務尚書オーベルシュタインの娘のベアテというらしい。二人とも四歳で、私より二つ下、フェリックスより三つ下だそうだ。

 ご挨拶しろと父親に命ぜられると、ヴィクトールは、元気いっぱいに「はじめまして」と名前と歳を言い、最後に、オレンジの頭が床にぶつかりそうなほど深く、勢いよくお辞儀した。同じく挨拶するよう促されたベアテの方は、少しの間、なにか言おうとしている様子を見せたあと、パッと父親の背後に隠れてしまった。人見知りする子であるようだ。自分の外套をつかみ、視線から逃れようとソレで自分を覆って隠れてしまったベアテをちらりと見やり、父親が謝罪し、代わりに名前と歳を伝えた。
 二人の愛らしい姿に、アレクサンデルはにっこりした。

 皇帝という立場上、勉強するとなれば王宮の中で教師と二人きりだし、おいそれと町に出て遊ぶ訳にもいかないため、自分より年下の者と接することがアレクサンデルにはなかった。一番歳が近い人間は友人のフェリックスで、彼にしても一つ年上である。
 接する大人たちは皆、皇帝陛下を敬いはするが、アレクは所詮子どもであり、基本的には子ども扱いばかりされる。そんなアレクにとって、取り繕わずとも自分を下に見ることのない二人との出会いは、連れてきた父親たちが思っていた以上に重要で、喜ばしいものであった。

***

「ぶしゅーー、ぶーーん」

 ヴィクトールが、持ってきていた黒い帝国軍艦──父親の旗艦である王虎(ケーニヒス・ティーゲル)をリアルにかたどったオモチャを片手に持ち、高く掲げて空を走らせる。宇宙空間を飛んでいたら音は聞こえないのではないか、と思いつつ、楽しそうな様子をアレクはニッコリ眺めた。
 
 父親たちがいなくなり、見張りもカメラ監視のため部屋を出て、子供たちだけとなった。新顔の四歳児たちからは、皇帝陛下を喜ばせようという発想が感じられない。その子供らしさが、アレクにはより好ましく思われた。

 ふと、部屋の中央に座り込んだままのベアテを見やる。父親に置いて行かれてしまい、この世の終わりのような顔をして固まっていたが、少しは落ち着いてくれただろうか。
 ベアテは、天井に興味を持ったらしく、じいいっと上を見ていた。彼女の視線を追ってみると、そこには、本物の星空を複写して作られた高度なプラネタリウムがある。星を愛した初代皇帝の嗜好をかんがみ、アレクが好むかもしれないと、彼のためのこの子供部屋に作りつけられたものだ。なんでもかんでも『ラインハルトと同じ』を求められることに嫌気はさしていたが、この天井はアレクも好きだった。
 アレクは、ベアテの側に寄ると、彼女のそばで床に座った。

「星を見ているのか?」
「このおへやだけよるです」
「ああ。綺麗だろう? なんでも、空の上にある衛星基地カメラからの映像をここに映しているらしい」
「…………」
「星が好きか?」
「いぬがすきです」
「ベアテは犬が好きなのだな」
「ほしもすきです」
「そうか」

 マイペースに会話しながら天井を熱心に眺めるベアテを、アレクは、気分を害された様子なくニコニコ眺めた。そうしていると、フェリックスが突然そばにやってきて、座ったアレクの太ももの上に頭を載せてきた。

「うわっ!?」
「ああ本当だ。綺麗だな」
「なんだフェリックス、いきなり」
「『ひざまくら』だ。んー、いい眺めだ」

 そう言うと、フェリックスは手を伸ばし、アレクの金の髪をいじくりまわした。くすぐったそうにアレクが目を細める。

「あー! いけないんだ! へーかにぶれーをはたらいたら、いけないんだぞー!」

 ひとしきり王虎のオモチャを飛ばして満足したらしいヴィクトールが、フェリックスの行いを咎めて声を上げた。フェリックスは、ふふん、と鼻で笑って返す。

「おれはいいんだ、アレクは親友だからな。おこちゃまはオモチャで遊んでいたらいい」
「意地がわるいぞ、フェリックス。ヴィクトール、こっちにおいで。一緒にお空の星を見よう」

 アレクが手招きする。ヴィクトールは、ムスッとした顔でフェリックスを見たあと、アレクの脇にやってきた。よしよし、と、オレンジの頭をアレクがなでてやる。

「みんな仲良くな」
 この日からいくらも立たないうちに、ベアテとヴィクトールは彼を『兄』と呼んで慕うようになったという。