持ち主を幸せにする人形
その2

 家についた後、件のドールを、とりあえずはベッド脇チェストの上に座らせた。あいにく、うちにはドール専用チェアなんてもんはないので、チェスト本体のカドに腰掛けさせる。
 ちょこん、と座ったドールは、つぶらな硝子の瞳でおれの狭い部屋を見ていた。
 ……うむ。やはり、三万でも安いくらいの美術品だ。
「わるいなぁ、こんな狭い部屋に連れてきちまって……」
 ワンルームに一人でいるおれは、なんとなく人形にそう話しかけた。もちろん、人形が返事するはずはない。
「なに、心配するな。おれは、いずれ大成功して、だ。大家族になって、でっけー立派な家を建てて暮らす! そうしたら、お前を入れても見劣りしない、しゃれたディスプレイ・ケースも置いてやるからさ。だから、よろしくな」
 人形は黙って聞いていた。まあ、しゃべらなくて、聞いてもいないのだろうが。
 おれは独り言をやめ、シャワーを浴びに行った。済ませた後、チェストに座ったドールに「おやすみ」と声をかけ、ベッドに入る。
 明かりを消して布団にもぐり、一時間くらい経った頃だろうか。ボスッ、と何かがおれの上に落ちてきて、おれはビクリと身を震わせた。
「うわあっ!!」
 あわてて明かりをつける。すると、ドールが目に入った。チェストのカドに座らせただけだったので、安定せず、おれが寝ているベッドに落ちたらしい。
「びっくりした……。なんだ、おまえか」
 ひょいとドールを抱え上げ、なんとなく頭をなでてやる。不思議と、店にいたときより生気が宿っているように見えた。硝子の瞳が綺麗に輝いている。
 おれはしばし、人形にじっと見とれた。
 ふと、服に何か縫い取りがされていることに気づいた。名前らしい。"Paul" と書かれている。
「おまえ、〝パウル〟っていうんだな」
 おれは、人形にそう尋ねた。もちろん、何のリアクションもないわけだが、肯定されたように思った。
「一緒に寝るか? パウル」
 何も反応はない。だがおれは、掛け布団を持ち上げ、パウルを隣に寝かせてやった。
 横に寝かせたドールを抱きしめ、その背中をなでる。人形を抱っこして眠るなんて幼稚園ぶりだ。いい年して人形を抱いて寝ているなんて、人に見られたら精神の異常を疑われそうだな。
 だが、一人暮らしなのだ。誰に気兼ねすることもあるまい。
 おれは、今度こそ眠りについた。今度は、何者にも妨げられなかった。

 その晩、不思議な夢を見た。
 真っ白い肌色で、この世のものとは思えぬ美貌をもった中性的な男性が、おれを抱きしめている。男性といっても、かろうじて「男かな?」と分かる程度で、線が細く蠱惑的な印象である。
 こちらをじっと見つめ、微笑む彼を見ていると、なんだかゾクゾクとして落ち着かない。
 不思議なことにその男性は、服装も目の色も顔つきも、人形のパウルと酷似していた。

 目覚めると、昨晩と同じく、人形のパウルは布団の中にいた。
 おれは、欠伸しながら布団を出て、パウルをまたチェストに座らせてやった。
 軽く人形の体をゆすり、安定性を確認する。すぐに落ちてくる様子はないが、やはり少々、安定を欠くようだ。
(椅子を買ってやらんと、またベッドに落ちてくるかもしれんな)
「椅子のひとつくらいは用意するか。あと、テーブルとか、ティーセットとか……。ううむ。意外と金がかかりそうだ。しかし、お前じたいは二五〇〇円ぽっちだったからな。その分は家具に回してやろう」
 人形は黙ったままだ。
「……はあ、金が足りねぇ。バイトを探さねえとなあ……」
 おれはボリボリと頭をかいた。

 その次の晩、不思議な夢を見た。今度は、白い男性はいなかった。
 代わりに、宝くじを持っている夢を見た。年中購入できる、ロトのなんとかくじだ。そこに、番号が書いてある。ニ、サン、サン、ク、イチ、ゼロ……。
 目が覚めても、奇妙なことに、その数列をはっきり覚えていた。朝食を食べ、ニュースを見て、午前の講義を受けた後も、まだその数列を覚えていた。
(これはもしや、啓示というやつだろうか)
 ロト一枚くらい大した値段でもなし、その数列も本当に忘れられなかったので、おれは帰りに宝くじを買った。夢に見た数字を購入する。
 そして、番号の発表日のことである。
「…………あ、あたってる……!?」
 数列はピシャリ、一等を示していた。おれは、目玉のとびでる程の賞金を貰えることになった。
 銀行口座に、年あたり仕送りの数百数千倍の額が振り込まれてもなお、自分の身に起きたことが信じられなかった。
(信じられん。なんという幸運だ。こんなにいっぺんに幸運を貰ってしまったら、この先もう幸運などなくなってしまうのではないか)
 そう思ったとき、はた、と、先日の骨董品屋で聞いた話を思い出した。
『この人形は、〝持ち主を幸せにする人形〟です』
(この幸運は、パウルがくれたのだろうか)
 確信があった訳ではない。だがおれは、そう信じることにした。
 そして、賞金で貰った金を使い、まずはパウル用のドール家具を買ってやることにした。椅子にテーブルに、ティーセットやケーキまで揃え、チェストの上のスペースに綺麗に並べてやる。
 ちいさな、パウルのためのスペースができた。そこにパウルを置いてやると、心なしか、パウルが嬉しそうに見える。
「ありがとうな、パウル」
 つるりとした頬を指でなでる。
 奇妙な出会いだったが、こいつと出会えて良かった、と思った。